テレビのニュースでもさかんにアジアでの成長機会の取り込み(による日本経済の活性化)が取り上げられています。企業がアジア各国で事業展開するにあたり、宗教・商習慣の違い、インフラの未整備、テロや自然災害、インフレ・労賃の上昇などはリスクとして取り上げられますが、あまり馴染みのないリスクに移転価格問題があります。
では移転価格とは一体なんでしょうか?
日本企業は90年代以降、アジアに製造拠点をアジア諸国に移転しコストダウンを図ってきました。即ち、設計から製造まで一つの製品が完成するまでに、複数の国内での事業活動が関与する様になった訳です。
例えば、日本の製造業者Aが、ある製品を国内の工場で製造して、その製造原価が100,000円、日本での販売価格が120,000円だったとします。会社の管理や販売に関わる費用を一旦無視すると20,000円の利益が日本国内で発生します。この利益にかかる税金は、全て日本で課税されます。仮に税率を40%とすると、A社は、8,000円の税金を日本の税務当局に支払うことになります。
これをB国の製造子会社a”で製造することによって製造原価が90,000円に下がったとします。
この10,000円の原価の低減、即ちロケーション移動がもたらすコストの削減をロケーションセービングと言います。
B国で製造した製品を日本に持ち帰り、引き続き120,000円で販売すると、A社グループ全体の利益は30,000円となります。では、この利益に対する税金は、日本(A社)、B国(a”社)のどちらで支払うべきなのでしょうか?別の言い方をするとa”からAに対する売値はいくらであるべきなのでしょうか?
仮に売値を90,000円とすると、(a”の製造原価は90,000円なので)a”の利益は0、Aの利益が30,000円。即ち、ロケーションセービング効果の全額が日本に帰属することになります。但し、これにはB国の税務当局は納得しません。B国は、ロケーションセービング効果は勿論のこと、今までの利益20,000円の大半も実際に製造しているa”の利益(a”のAに対する売値は、限りなく120,000円に近い金額が正当)であるべきと考えます。
このa”からAへの売値が両社の課税対象所得、即ち税収の源になるので、日本とB国、どちらの国にどれだけの課税所得が発生するかは、両国の税務当局にとって重要な問題となります。
A社としては、B国にある工場(a”)も含めた、A社グループ全体での税金を減らそうとして、仮にB国の税金が30%(日本は前述のとおり40%)とすると、出来るだけ、税率の低いB国にあるa”の利益を多く(日本の本社の利益を少なく)したいと考え、a”のAに対する売値を高くしたいと考えます。
一方、a”が、自分の100%の子会社でなく地元企業との合弁であった場合や、その他の理由により日本での利益を取込みたいと考える場合は、税率は多少高くても日本の利益を多くするためa”のAへの売値を安くする可能性もあります。
いずれにしても、Aはa”を支配していますから、a”のAに対する売値や、Aからa”に提供する材料の価格、a”に支払わせる技術指導料等をAの意思で自在に調整し、Aとa”の利益配分を調整出来る訳です。
しかし、日本、B国とも税金を多くとりたいとの税務当局の思惑があるので、Aのa”との取決めの内容に目を光らせており、a”からAへの販売価格、その材料価格や技術指導料額がArm’s length price (赤の他人同士で同意するであろう価格)とかけ離れた合理性がないものと判断されると、その差額分は所得移転、すなわち脱税行為と見做され、多額の追徴金を課される惧れがあります。
これが親子会社間で意図的に調整された価格、即ち移転価格です。
従って、AはAとa”との価格や取決めが合理性のない移転価格と判断されぬように細心の注意を払う必要があります。
2012年に日本の国税から移転価格として海外への所得移転を指摘された事例としては:
・東京エレクトロン:143億円(米国、韓国子会社との取引:追徴税額 67億円)
・クボタ:48億円(オーストラリア子会社との取引:追徴税額 23億円)
・日本ガイシ:160億円(米国、ポーランド子会社向け取引:追徴税額 80億円)
といずれも大企業とは言え、とてつもない金額です。
一方、海外で指摘された事例ではダイハツがインドネシア税務当局より58億円の追徴課税支払請求を受け揉めているそうです。インドネシアでは、日本の本社が黒字で現地法人が赤字の場合、それだけで本社を儲けさせるために、わざと赤字にしたとイチャモンを付けられる可能性もあるとか・・・。
上場会社でなければ本社の決算内容は判りませんし、中小企業の場合ここまで極端な例は数少ないとしても、海外子会社との価格や、送金事由にはArm’s length priceとの比較で合理性が求められます。
海外展開におけるリスクの一つとして、こんな点にも是非、目配りをお願いしたいと思います。
(13年2月)
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