戦争と人間⑤今回は、旧日本映画の大作に戻って「戦争と人間」第一部「運命の序曲」を取り上げたいと思います。
この映画は五味川純平の小説に基づくもので、河本大作による張作霖の暗殺からノモンハン事件までを描いた日活映画3部作の第1作で監督は(3部とも)山本薩夫です。
監督もそうですが、俳優座、文芸坐、劇団民芸などであり社会派と言うか当時の世相を反映して左翼色の強い作品となっています。

★ストーリー

東京と満州を舞台に戦争を食い物にして利殖に走る伍代産業の動きを中心に、好むと好まざるとに拘わらず戦争に巻き込まれて行く人々の物語が展開されます。

先ずは、伍代家当主雄介(滝沢修)の長男である英介(バカ息子:高橋悦司)の米国出張の壮行会が雄介の屋敷で賑々しく行われている。そこには、伍代産業の役員である矢次憔夫(二谷英明)が、標公平と言う少年を連れて出席している。戦争と人間②公平は伍代産業の労働者である標拓郎(伊藤孝雄)の弟である。標拓郎は、矢次が管理する工場に勤務している際のストライキが原因で、左翼一斉検挙で拘留中である為、矢次が弟の公平の生活の面倒を見ているのであった。そこで、公平は伍代家の次男である俊介(若き日の故中村勘三郎)と意気投合する。俊介は絵画を趣味としていることより、公平は兄の活動家仲間である貧乏画家の灰山等(江原真二郎)を紹介。俊介は左翼思想に影響を受ける様になる。

中国では、張作霖が蒋介石に追われて北京から満州に軍隊を移動させており、あちこちで日本人との間で小さな衝突があったが、関東軍は自軍の管轄外なので、天皇の奉勅命令が出ない限り、出動が出来ない。満州伍代社長喬介(芦田伸介:かなりの悪だがとにかく格好いい)は、資材の買い占めによって利益を得るために、関東軍が出動し戦争が始まるようにあらゆる手を尽くす。

満州伍代の幹部社員高畑正典(高橋幸治)は、匪賊の妨害によって地方の物産の奉天への物流ルートが寸断されていることに目をつけ、自ら匪賊の統領(丹波哲郎)との交渉に臨む。丹波の部下によって瀕死の拷問を受けながら、丹波との粘り強い交渉が成立し、軍事目的に使用しないことを条件に匪賊にルートの安全を保障させることに成功。ビジネスが動き始めたころに、関東軍参謀石原莞爾(山内明)の要請により、喬介はこのルートを関東軍の偵察に使用することを約束する。これが匪賊にばれて、怒った丹波は、高畠の最愛の妻素子(松原智恵子)を誘拐して殺害。それでも高畠は、喬介に対して「戦争を食い物にする男の死にざまを見とどける」と言って、満州伍代に留まる。

雄介の長女由紀子(浅丘ルリ子)は、二谷を愛しているが、妻のいる二谷の煮え切らない態度に業を煮やす。次に、陸軍の若手将校である柘植中尉(高橋英樹)と恋仲に陥る。柘植も由紀子を愛しているが、仕事優先の一本気な性格であり、一方、由紀子はお嬢様育ちのわがまま放題故、二人の恋は中々進展しない。柘植は、霧社事件の調査で台湾に出張するが、その一本気な性格から反乱を起こした現地人の心情を汲んだ報告を作成してしまい、それが原因で金沢に飛ばされる。由紀子は金沢まで柘植を追いかけ二人は漸く一晩限りではあるが結ばれる。

奉天医大の講師服部(加藤剛)と、開業医不破(田村高広)医者仲間で、独身・単身同士で正月を迎えている。そこに、官憲に追われて負傷している朝鮮人民族主義者の徐在林(地井武夫)が、武器を持ってけがの治療と金を要求する。同時に警察に踏み込まれた徐は、警察官を射殺し逃亡する。射殺された警察官には雷太と言う男の子がいる。ナイフ使いの達人となり、中国人を徹底的に憎む少年に成長し、満州伍代に入社し喬介の部下となる。

標拓郎は釈放されて直ぐに徴兵される。徴兵前日に、拓郎は公平と二人で過ごす。そこで、拓郎に対して次の忠告を行う。「いいか、男であれ、女であれ、思想であれ自分が納得するまで信じるな。物わかりの遅いは決して恥ずかしいことではない。後悔しないためのただ一つの方法だ。人が何と言おうが自分納得できないうちは絶対にするな。」

戦争と人間③その直後、満州事変が勃発。正義感の強い奉天総領事館員篠崎(石原裕次郎)の奮闘にも関わらず関東軍は戦闘を強化し、瞬く間に各都市を占領するが、その中で拓郎は戦死する。

中国人財閥である趙大福の息子で服部講師の研究室にいる医者の延年と美人の娘瑞芳(栗原小巻)がいる。喬介の元で修行するため満州に渡った英介は、偶然見かけた瑞芳に一目惚れする。その後、ホテルのロビーで瑞芳を見かけた英介は、瑞芳を強姦する。初めて会った時点では、未だ日本人の支配が及んでおらず、趙大福の娘に手を出すことは、相当な危険を伴う行為であった。その時点では何もせずに紳士をふるまい、満州事変によって日本人支配が確立して、リスクの無い状態になってから強姦に及んだ英介の態度に瑞芳は怒り、お嬢様生活を捨てて反日運動に飛び込んでいく。

★分析

と、ここまで長いあらすじに最後までお付き合い頂いた方、本当にありがとうございます。40年以上も前の左翼思想満開の映画に興味を持つ方がどれだけいるのか・・・と思うのですが、その一方で、港区図書館では、このDVDがいつも貸出し中になっています。本文を書くのにもう一度見直そうと思ったのですが、なかなか借りることが出来ませんでした。今もこの映画が共感を持って見られているのでしょうか?

さて、この映画は勧善懲悪ものであり、良い人と悪い人にはっきりと識別されます。また、良い人の中には、左翼思想の人間(標兄弟、貧乏画家の灰山、俊介、瑞芳、白永祥:五代満洲のローカルスタッフで共産党活動家:山本学)と左翼思想とは直接関係ないが正義感の強い人間(矢次:二谷英明、柘植中尉:高橋英樹、高畠:高橋幸治、服部:加藤剛、篠崎:石原裕次郎)。また、中国人は全員良い人です。悪い人の中には、悪い中にも骨のある人間達(雄介:滝沢修、喬介:芦田伸介、鴫田駒次郎:満州伍代の喬介の部下(三国連太郎)、喬介とは男女の関係で何やら怪しげな女鴻珊子(岸田今日子)と単に権力を嵩にやりたい放題(英介:高橋悦史、陸軍の将校たち)と言ったところでしょうか?最大の悪人は、アヘン密売の利益のためには、部下の鴫田を使って殺人も辞さない喬介です。彼は物資の買い占めで儲けるために関東軍を焚き付けて戦火を拡大させようと企てますが、石原莞爾とため口を聞くなど大物ぶりを発揮しています。その中で、由紀子はどれにも分類出来ない特別な存在です。左翼系の人間は、全て善い人なのですが冒険主義者の徐在林、左翼作家の陣内志郎(南原宏治)は、ちょっと癖のある人間として描かれています。

これらの登場人物が夫々の人生を精一杯生きていく過程において好む者も好むざる者も戦争の渦の中に巻き込まれて様を描いているのがこの映画です。

★ビジネス

この映画のポイントは、標拓郎が出征する前夜に公平に与える忠告です。既に述べましたが、「自分が納得するまで信じるな。物わかりの遅いは決して恥ずかしいことではない。後悔しないためのただ一つの方法だ。人が何と言おうが自分納得できないうちは絶対にするな。」です。このセリフは、40年近く前に初めて見た時から、今も変わらない重い言葉です。ビジネスの世界においても「物わかりの遅いことは恥ずかしいことではない」は、「バスに乗り遅れるな」の対極にあります。どんな意思決定も、周りに振り回されることなく自身が納得するまで精査・検証して、納得してから結論を出しても決して遅くはないことを我々は強く認識しなければなりません。中小企業の生産拠点の海外移転については実際に成功しているのは過半数に満たないと言われています。中小企業庁を初めとして、金融機関や工場団地など官民一体となった手厚い支援により海外への進出は比較的簡単に出来る様になりました。しかしながら、それを持続的に成功に結び付ることは非常に難しいようです。実際の成功は自身の経営資源と市場環境をしっかり分析し、実行する企業のみが得ることができるもので、行先を確認することなく他人を追いかけてバスに乗ってしまった企業にとっては不可能だと思います。仮に、海外に出て行かない企業は“成長意欲やチャレンジ精神がない”と考えがまかり通る様であれば、有る意味で、戦争と人間の世界と同じになってしまう懸念があります。

企業が自身の軸足をしっかりと持って、ぶれない戦略を立て実行することを、しっかり主張して行きたいと思います。

★GSネタ

戦争と人間①さて、このコラムではGSネタで締めくくるのがお決まりになっています。

戦争と人間の第二部第三部では大人になった五代の二女頼子として小百合さんが登場するので、小百合さん=GSネタ※には困らないのですが、第一部の出演者の中では、浅丘ルリ子さんの昭和43年の作品「女がひとり」をご紹介したいと思います(デュークエイセスの京都大原三千院~♪ ではありませんので・・・)。

「女が一人夜霧にぬれて失くした恋を探して歩く…」と言うGSとしては大人の歌詞なのですが、曲はブラスをフィーチャーしてR&B色を前面に打ち出したGS後期のサウンドで、中々聴きごたえがあります。同様の作風としては、ザピーナッツの「ガラスの城」や黛ジュンの「不思議な太陽」があるのですが、この二組は元来GS色の強いアーチストであるのに対して、後に「愛の化石」が大ヒットしたこともあり、どちらかと言えばか細い大人の女性イメージの強い浅丘が、一歩も引かずに堂々と歌い上げているところは一聴に値します。

今までにも書きましたが「坂道のクラブ」(昭和43年:すぎやまこういち、橋本淳)は、ストーンズのShe’s a rainbow的な構成と小百合さんの可愛い歌声とGS的な演奏がマッチした素晴らしい作品です。吉永小百合全集以外にはCDに収録されていないのが非常に残念。
橋幸夫の昭和42年から43年にかけての一連の作品や永井秀和の「緑の館の少女」、「天使のエレーヌ」等日本ビクターはGS的な素晴らしい作品があるにもかかわらずCD化に消極的な姿勢が気になります。早くCD化して欲しいものです。

 

*画像は日活映画より引用