ゲームの行方
「丹羽家の人々」で、丹羽英世と本間智恵子との過去を探り当てて事件の解明に大きく貢献した女探偵・奈津子。
今や、松尾リサーチの代表を務める調査のプロだが、若き日の苦い思い出がある。かつての女子大生時代、バイト先のイケメン上司とただならぬ関係になって思わぬトラブルに巻き込まれてしまったのだ。
あきれ果てた父親にも突き放されて孤立無援の奈津子に手を差し伸べてくれたのは、不祥事で弁護士資格を失った父の親友・哲おじさんただ一人。
荒んだ毎日を送っていた弁護士崩れの久我原哲也。果たして、世間知らずの女子大生・奈津子の絶体絶命のピンチにどう立ち向かうのか?
#8
「瀧川先生。もしよろしければ一度直接お会いできませんか」
「はい? ええ、まあこちらは構いませんが。あの、元橋先生の方は?」
「いえ。瀧川先生と私だけで。ちょっと折り入ってご相談したいことがあるんですが」
瀧川弁護士は、一瞬の間をおいてから、いいですよ、と気さくな声で言った。
夫の浮気相手と妻が、夫抜きで話し合う。しかも、どうやら電話で話すのがいささかはばかられるような内容‥‥。
瀧川が、哲也の意図をどこまで察したかは分からない。しかし、もしも敵側の同盟関係にくさびを打ち込めるかも知れないとなれば、話を聞いてみても損はないだろう。賢明な弁護士ならそう判断してもおかしくない。
「あの、久我原さんは弁護士さんではないんですよね」
「ええ。ただ、会社の法務部に所属しているもんですから、ほんの少し法律をかじったことがありまして」
決して嘘ではない。
日時と場所を約束して電話を切った後、哲也はふっと思いついたことがあった。夫の大石翔太と愛人の松尾奈津子は不貞行為の共犯関係にある。しかし、奈津子の後ろ盾である哲也が翔太側に対してかなり不信感を持っている現状を考えた時、共犯者同士の信頼関係について学術理論的に考察した研究があることに思い当たったのだ。
哲也はデスクの引出しから一冊の本を取り出した。
『行動経済学とゲーム理論』
かつて、大企業の顧問弁護士を務めていた頃、名だたる企業の役員や気鋭の中堅幹部たちがこぞって読んでいたベストセラーだ。経済現象を心理学から読み解くという理論が注目され、その分野の研究者たちが続々ノーベル賞を受賞したことで当時ちょっとしたブームになっていた。哲也は薦められて斜め読みした程度だが、ゲーム理論の代表例とされる『囚人のジレンマ』という逸話が印象に残っていた。
囚人のジレンマ……。それは、こんな例え話だ。
二人の共犯者が量刑10年の強盗傷害の容疑で逮捕勾留されている。しかし、決定的な証拠がなく、このままでは量刑1年の窃盗罪で起訴するしかない。そこで検察は、二人の囚人それぞれに強盗傷害を自白すればお前だけは釈放してやるという取引を持ちかける。
この時、二人の間には三つの選択肢がある。
①.二人とも黙秘した場合、ともに窃盗で懲役1年の有罪。二人合わせた懲役は2年で、双方にとってはこれが最良の選択となる。
②.一方が自白し他方が黙秘した場合、先に自白した方は釈放されるものの最後まで黙秘していた方は強盗傷害で10年の有罪となる。二人合わせた懲役は10年。
③.双方とも罪を逃れようと自白した場合、二人とも強盗傷害で懲役10年の有罪となる。もちろん、お互いの自白でともに強盗傷害の決定的証拠をつかまれた二人が釈放されることはない。二人合わせた懲役は20年。
この場合、共犯者の二人はどの選択肢を選ぶだろうか。
理論的には二人がともに黙秘を貫いて強盗傷害罪を回避するのが最良の選択なのは言うまでもない。ところが、囚人は仲間が罪を免れるために自分を裏切るのではないかと疑心暗鬼に陥ってしまう。それならば自分が裏切るしかない、とわれ先に自白してしまうのである。つまり、共犯者たちはともに最悪の選択肢を選んでしまうのが人の心理なのだ。
仲間をあくまで信頼するべきなのか、それとも裏切るしかないのか? この究極のジレンマの末、結局のところ人は仲間を裏切る方を選ぶことになるのである。
もっとも、ここに言うジレンマとは二人の囚人が固い信頼関係で結ばれているか、もしくは利害関係が共通する場合に限った話だ。さもなければ、そもそも囚人が仲間を裏切ることにジレンマを感じる理由などこれっぽっちもない。自分が釈放してもらえるのなら、何の迷いもなく喜んで自白してしまうだろう。
それでは、大石翔太と松尾奈津子の間には果たして固い信頼があるだろうか? 利害関係に至っては、むしろ対立しているというべきかも知れない……。
そんなことを思いながら、哲也は何年か振りにその本をぱらぱらとめくってみた。
つづく(^^♪~~~
#7
ここは、クギの一本ぐらい刺しておくか……。
哲也が何気ない口調で続けた。
「ところで、元橋先生」
「まだ何か?」
「大石さんが、奈津子に、自分は離婚して独身だと言ってたのはご存知ですか?」
「なるほど。まあ、よくある話ですね。それが何か?」
「ウソをついて肉体関係を結んだというのは、ちょっと問題じゃないですか?」
元橋は笑い声を上げた。
「他ならぬ姪御さんとなれば、お気持ち、分からないではありませんがね。でも、力づくでも何でもない、お互い合意の上のお付き合いに目くじらを立てる理由はないでしょう」
「男が女をダマして貞操を奪ったんですよ」
電話の向こうの男はもう一度大声で笑った。
「貞操とは何とも大時代な。一応お伝えしておきますが、もし仮に大石氏が嘘をついていたとしても、お金やモノをせしめた訳じゃないから法的に詐欺行為には当たりません。性交渉というのは財産的利益じゃないですから」
イヤな言い草だ。ただ、確かにそれはその通りではある。
「でも、それは刑事事件の話ですよね。民事的には、騙されて身体を奪われて精神的に傷ついた奈津子が、大石氏に慰謝料請求をする余地はあるんじゃないですか」
やり手の先生が、ぐっと詰まったのが分かった。素人とタカをくくっていたら、見事に虚を突かれてしまったようだ。
「確かに伯父様としてのお気持ちはよく分かります。ただ、今は仲間割れしている場合ではありません。ここはどうか私どもの方針にご協力頂きたい」
さすがに気を取り直したらしく、少しばかり下手に出てきた。
「仲間だと思ってよろしいんでしょうね」
もちろんです、という言葉を聞き流して、それでは、と哲也は静かに受話器を置いた。
戦略を練り直すべく、哲也は改めて申立書を開いた。どうやらこの友軍、とても当てになるとは思えない。ならば、こちらは単独で戦うまでだ。となると、先ずはそもそもの敵方の戦力分析が第一歩。
申立人である大石の妻香奈江の代理人弁護士は、面影橋法律事務所・瀧川真理となっている。『面影橋』と言えば、民事ではかなり名の知れた老舗の法律事務所だ。
例によって、ネットでプロフィールを検索する。
瀧川真理、弁護士歴17年の43歳。専門は、離婚・親権・遺産分割となっている。家事事件が専門なら、さすがに元橋のような無理筋を押し通すことはないだろう。
どんな業界でも同じだろうが、法律の世界にも専門分野ごとに不文律とでもいうべき決まり事やあうんの呼吸というものがある。いくら能力が高くても経験が豊富でも、畑違いの分野では通用しないことが往々にしてある。特に家事関係は民事の中でも特殊だから、実務を知らなければ話はなかなか進まない。幸い哲也は、事務所の顧問企業の役員の離婚や相続がらみで駆り出されたことが何度もあるから、家事事件の実務はそれなりに把握している。
電話に出た瀧川弁護士は、穏やかな声の持ち主だった。さっきと同様、松尾奈津子の伯父を名乗って、後見役として連絡したことを伝える。
「ああ、大石ご夫妻の事件ですね。以前内容証明をお送りしたんですが、ご返事を頂けなかったので、この度調停を申し立てさせて頂きました」
「はい。私も、同封されていた調査報告書には目を通させて頂きましたので、事情はおおむね理解している積りです」
「もちろん、翔太さんとは連絡を取ってらっしゃるんですよね」
瀧川がそれとなく探りを入れてきた。申立人から見れば、相手方二人はいわば敵方の同盟軍。当然、その態勢を探っておきたいところだろう。
「代理人の元橋先生とは多少お話をしましたが、あくまで不貞行為を全面否定するお積りのようです。ただ、率直に申し上げて、松尾の方は、あれだけの裏付け資料を前にしましていささか戸惑っているというのが正直なところです」
「そうですか。元橋先生には、調停を申し立てる前にも何度かお話をさせて頂いたんですが、どうもなかなか分かって頂けないみたいで。はっきり申し上げて、当方としては、ここまで明白な事実関係で争うのは時間の無駄だと思っています」
「はあ、素人には専門的なことは分かりませんが」
ところで瀧川先生、と哲也は慎重に切り出した。
「もしよろしければ、どこかでお時間を取って頂けないでしょうか。一度直接お会いして、お話をさせて頂きたいのですが」
つづく(^^♪~~~
#6
オフィスに戻った哲也は、預かった調停申立書を改めて開いた。
申立人の大石香奈江は29歳の専業主婦。添付された戸籍謄本のコピーによれば、5歳年上の大石翔太と結婚してまだ1年余り。子どもはいない。
申し立ての趣旨は、離婚と財産分与、および慰謝料。財産分与と言っても、結婚1年の若い夫婦の共有財産など微々たるものだろう。従って、離婚そのものの以外では慰謝料がほぼ唯一の争点ということになる。
先ずは、夫の翔太が離婚に応ずるのかどうかが問題だ。あくまで拒否するならば調停は不成立となり、妻の側はおそらく裁判に訴えてくるだろう。そうなれば、奈津子もとことん巻き込まれることになる。こんな犬も食わない不毛な争いからとっととおさらばさせてやるのが、頼りになるおじさんの腕の見せどころだ。もちろん、こんなことに一銭のカネだって支払うわけにはいかない。いずれにしても、先ずは夫の大石翔太がどういうスタンスを取るのかを確認することから始めよう。
奈津子がメモしていた大石の弁護士の名前をPCで検索してみる。元橋裕紀、アルファ法律事務所のパートナー弁護士、つまり共同経営者の一人ということになる。
アルファは、大量のテレビCMで名を売って業界大手にのし上がった新興の法律事務所だ。高い営業力には定評があるが、なりふり構わぬ顧客獲得と強引な交渉でトラブルも続出、評判は決してかんばしいとは言えない。
事務所のホームページにアクセスして元橋弁護士のプロフィールを確認する。弁護士歴24年の49歳。専門分野は、過払い金返還、借金・債務整理、ネットトラブルほか。
とりあえず、一度コンタクトを取ってみるか……。哲也は携帯のダイヤルボタンを押した。
電話に出た元橋弁護士に、奈津子の伯父を名乗って、後見の立場でとりあえず連絡したことを伝える。
「申立人が提出した浮気の調査報告書、見せて頂きました。奈津子からは、先生はそれでもあくまで不貞行為を否定される方針だとお聞きしたんですが」
単刀直入に聞いてみる。
「もちろんです。ご本人が、確かに一緒にホテルに入ったのは事実だけど、セックスはしていないっておっしゃってますので」
言葉遣いは慇懃だが、何とはなく尊大さを感じさせる口調だった。大手事務所のパートナー弁護士ともなれば、それなりの態度が身に付いているものだ。
「でも、素人考えで恐縮ですが、もし裁判にでもなったら、あの報告書がモノを言って、不貞が認定される可能性が高いんじゃないでしょうか」
元橋が、電話の向こうで含み笑いをしたのが分かった。こちらを素人と侮っているのが分かる。
「だから口裏を合わせるんですよ。ホテルに一緒に入ったとしても、当事者双方が口を揃えて性行為はなかったって言えば、裁判官だって、そう簡単に浮気を認定する訳にはいかんでしょう」
おいおい、元橋先生。そんなこと断言しちゃっていいのかい? でも、ここはまだ素人を装っておくに越したことはない。
「そんなものなんですか?」
「そんなものなんですよ。まあ、二人がヤッてるそのものズバリの写真でも撮られっちまったんなら別ですがね、はは」
おっと……。それが、仮にも伯父を名乗る相手に向って言うセリフか? カチンときたが、ここは気を取り直す。
「じゃあ、大石さんと口裏を合わせておけば、奈津子の方も安心していいんですね」
「その通り。すべては専門家にお任せ下さることです」
「でも、元橋先生。先生は、奈津子に就いてくれてるわけではありませんよね」
「私は大石氏の代理人ですが、大石氏の不貞の疑いが晴れれば同時に奈津子さんの疑いも晴れることになるじゃないですか。つまり、二人の利害は完全に一致してるってことです。お分かりですかな」
違うだろう、と思わず声を上げそうになるのをかろうじて抑えた。二人の利害が一致するのは不貞関係があったかなかったかという点のみ。もし、不貞が認められてしまったならば、その瞬間に二人の利害は完全に対立することになる。つまり、どちらがどれだけの慰謝料を払うかの争いが生まれるのだ。
物事の一面のみを取り上げて、あたかもそれが全体像を示すかのようにまことしやかに解説する。それも、有無を言わせぬたたみかけるような口調で。これなら素人は手もなく言いくるめられてしまうだろう。元橋という男は、一般人は黙って法律のプロに任せておけ、という昔ながらのタイプらしい。とはいえ、ここはまだ相手のペースに合わせておいた方がいいだろう。
「そうなんですね、それなら安心です」
電話の向こうの男が満足そうにうなずくのが目に見えるようだった。
相手の心づもりはおおよそ見えた。となれば、後はこの争いの構図を再確認しておかなければならない。大石に夫婦関係の修復の意思があるのかどうか。それ次第で事態は大きく変わり得る。
「元橋先生。一つだけ確認させて頂きたいんですが」
「何なりと」
「大石氏は離婚に応ずるお積りなんでしょうか? 先ほど我われの利害が一致するとおっしゃいましたが、もしも大石氏が奥様に謝罪して夫婦関係の修復を求められた場合、ご夫婦対奈津子という対立構図になりかねませんよね」
元橋弁護士は、ひと呼吸をおいてから答えた。
「申し上げたように大石氏が浮気を認める積りは一切ありませんし、妻から離婚調停を申し立てられたとなると夫婦間の信頼関係は完全に崩壊しているというしかありません。ご本人は、既に離婚の覚悟を決めておられます」
となると、夫の離婚拒否で調停不成立、訴訟に進行という懸念はひとまず遠のく。つまり、調停で慰謝料の件さえ片付けば、離婚裁判というドロ沼的展開への事態が避けられることになる。
「分かりました。となると、ご夫婦が完全に敵同士となって、申立人対大石・奈津子の相手方連合軍という構図は確定と思っていいですね」
「ま、そういうことですな。調停では私どもと奈津子さんは別席になりますが、二人の関係は私がすべて説明しますので、奈津子さんは余計なことを言わず、ただひたすら肉体関係がなかった事だけ主張してもらいます」
奈津子の代理人でもないくせに。その横柄な命令口調にはむかっ腹が立った。ここは一つだけクギを刺しておくか。
「ところで、元橋先生」
つづく(^^♪~~~
#5
「あの弁護士さん、何だか命令口調でヤな感じだったけど」
哲也も何となく嫌な感じがしていた。自白は証拠の王様だからって、ならば自白さえしなければ無罪になるとでも考えているのか。
しかし、浮気の認定なんて、刑務所にぶち込むかどうかを判断する刑事事件ほど厳密なものではない。手を組んでラブホに入れば、それだけで肉体関係があったとみなされるのが普通だ。疑惑の当事者がしらばっくれたぐらいで、それを覆すことなどできるはずがない。
まともな弁護士なら、これだけの証拠を突きつけられたら、いくら否定したって通用しない事ぐらい分かるはずなのだが。しかし、昨今まともじゃない弁護士も山ほどいる。あ、いや、まあとてもそんなこと言える立場ではないのだが。
「奈っちゃん。その弁護士の言うこと、本当に信じていいと思ってるのかい?」
「だって、大石さんの弁護士さんなんだから」
「奈っちゃん、よおく聞きな」
いくら世間知らずの娘でも、これだけは言っておかなきゃいけない。
「大石氏の弁護士は、大石氏の利益を守る事がすべてなんだ。早く言えば、奈津子の利益を守る義理なんかこれっぽっちもないわけだ。極端に言っちまえば、奈津子に損をさせてでも大石氏の利益を守るのが役目なんだよ」
「でも、弁護士さん、絶対大丈夫だからって自信たっぷりだったよ」
「奈津子」
哲也はちょっと口調を改めた。
「残念だけど、あれだけの証拠があるんだから、もし裁判になったらまず勝ち目はない。となると、全額かどうかは別として、奈津子にも支払い義務が生まれる可能性が高い。それに、妻ってのは、たいてい浮気した夫より夫を誘惑した女の方を恨むもんだし」
「誘惑って‥‥。私、誘惑なんかしてないよお。大石さんの方から強引に‥‥」
分かった分かった、と哲也が手で制する。
「浮気の慰謝料ってのは、基本、夫と愛人の二人で支払う責任がある。で、仮に一方が全額支払ったら、もう一方は支払いを免れることになってる。だから、奈津子に全部押し付けちゃえば、大石はウハウハってことにだってなりかねない」
「ええー? まっさかあ」
からからと笑った奈津子が、すぐに真顔になった。
「ウソでしょ?」
「いや、法的に言えば、大石氏と奈っちゃんはそういう関係にあるんだ。で、その金を返す返さないで、今度は夫と愛人の醜い争いが始まるってわけだな。そんな例、俺はイヤっていうほど見てきてる」
奈津子は、ふうっと息をついた。斜め上方向を見上げてちょっと考え込む。
「でもさ、おじさん。浮気なんて言われたって、大石さん、俺はバツイチで今は独身なんだってずっと言ってたんだよ」
まあ、よくある話だ。
「そんな下心見え見えの与太話をほんとに信じたのか?」
「だって、疑う理由ないもん」
確かに。せっかくいいムードになってきた時に、野暮なことを根掘り葉掘り聞くわけにも行かないか。
「私、大石さんに独身だってダマされてたんだよ。奥さんがいるなんて思いもしなかったのに、なんで浮気の慰謝料を払わなきゃいけないのぉ?」
口をとがらせた奈津子を見て、哲也がふと我に返る。
言われてみれば、確かに独身同士の大人が付き合うのならば誰はばかる事はない。ついつい説教オヤジを演じてしまったが、奈津子の言い分にももっともなところがないでもない、か。そもそも奈津子が騙されていたんだとしたら‥‥
不貞行為の判断基準は、故意または過失の有無だ。法律には、『故意』と『過失』という用語がイヤというほど登場する。平たく言えば、故意は『わざと』、過失は『うっかり』ということだ。
不貞行為とは、夫婦のどちらかが他人と肉体関係を結ぶこと。奈津子は果たして、『わざと』意図的に妻帯者と寝たのか、または『うっかり』意図しないで妻帯者と寝てしまったのか?
ところが、そもそも奈津子は、大石に妻がいるという事実そのものを知らなかった。わざとも何も、奈津子には大石が浮気をしているという認識そのものがなかったのだ。だとすれば、 『わざと』 妻帯者と寝たことにはならない。つまり、『故意』の不貞行為など成立しようがない。
ならば、『過失』ならあり得るか? 奈津子は、『うっかり』して浮気の片棒を担いでしまったのか? つまり、大石に奥さんがいる事にうっかり気がつかなかったのか? 確かに、そんな事ぐらい気づいて当然だったのなら『うっかり』と言えるかも知れないが‥‥。
大石は、言葉巧みに独身だとダマして奈津子と男女の関係になっている。奈津子はいわばダマされた被害者なのに、大石に妻がいることを当然知っているべきだった? そいつあ、いくらなんでも酷ってモンだろう。奈津子は、肉体関係を結んだ時、大石が結婚していないことを確認している。ならば、奈津子は 『うっかり』 妻帯者と寝たことにはなるまい。つまり、『過失』もなかったことになるはず。
ということは‥‥。
結局、故意もなければ過失もなかった。ならば、奈津子が不貞の慰謝料を支払ういわれはない。哲也は、頭の中で、とりあえずそんなロジックを組み立てていた。
「確かに、奈津子の言うことももっともかも知れんな。ちょっと俺なりに対策を考えてみよう」
「おじさん、ありがとう」
奈津子の表情がぱっと輝く。幼い頃のあどけなさが一瞬のぞいた。
「ただ、今、俺は弁護士資格がないから、代理人として表立って動くわけにはいかない。あくまで個人的な知り合いとしてアドバイスするのが関の山だからな」
「うん、分かってる。でも、哲おじさんが後ろに付いてくれてれば鬼に金棒だもん」
「どうかな。弁護士辞めてもう5年だ。金棒は錆びついてるかも知れんぞ」
奈津子がまたからからと笑う。不名誉な事件を起こした哲おじさんとはいえ、信頼がまったく失われたわけではなさそうだった。
つづく(^^♪~~~
#4
「実はね。一昨日、私宛てににこんなものが届いたの」
奈津子が取り出したのはA4サイズの茶封筒だった。差出人は、東京家庭裁判所となっている。
読ませてもらうよ、と言いながら書面を開く。
定型印刷の説明書類をめくると、『調停申立書』という綴りが見えた。書類は何枚もあったが、申立書のどのあたりがキモなのかぐらいの見当はつく。まずは、『申し立ての趣旨』と書かれたページを眺めてみる。
『申立人大石香奈江は、相手方大石翔太と離婚する。相手方大石翔太および相手方松尾奈津子は、不貞により婚姻生活を破綻させた不法行為に対する慰謝料として、連帯して金600万円を支払う』
妻から夫への離婚の申し立てが本筋なのだが、同時に離婚の原因である不倫の慰謝料を、夫とその浮気相手の二人に請求しているというわけだ。
ご丁寧なことに、例の分厚い調査報告書のコピーまで同封されていた。表紙部分には、調査した松尾リサーチの名前も明記されている。今回の相手方当事者の名字が同じ「松尾」であることに気付く関係者はいるだろうか。気付いたとしても、まあそう珍しい名前でもない。世間によくあるただの偶然だ。
「で? 心当たりはあるんだよな」
聞かずもがなのことを聞いてみる
「報告書、もうとっくに読んでるんでしょ」
「ああ。準備段階のものを見せてもらった。でも、何かの誤解ということだってある」
男と手を組んでラブホテルに入る写真に誤解の余地などあるはずもないが。奈津子は、お気遣いは沢山、という風に首を振って大きくため息をついた。
「あーあ、参ったなあ。パパなんて言いたいこといっぱいあるくせに、苦虫噛みつぶしたみたいな顔して目も合わせてくれないし。哲おじさんだって。ほんとはがっかりしてるんでしょ」
「そうだな。奈津子も大人の恋をするお年頃になったんだなあと思うと、ちょっと感慨深いな」
「大人の恋かあ。この大石さんってさ、バイト先のコールセンターのチーフなの」
「なかなかハンサムボーイだ」
「30過ぎてるからもうボーイじゃないけど、イケメンでお洒落だし優しいし、バイトの女の子の間じゃ噂の的だったの。実は‥‥、結構憧れてたんだ」
奈津子の表情がふっと曇った。強がってはいても、それなりに傷ついていないわけがない。運命の人とまで思い詰めてたかどうかは分からないが、ときめいた瞬間があったことぐらいは想像できる。
「だからさ。美味しいお店知ってるからって誘われて、結構舞い上がっちゃったんだよね」
女はこういう男に弱いと分かってはいても、ほかならぬ奈津子となると簡単には割り切れない。
「何回か食事して、カラオケにも連れて行ってもらったりして」
「二人っきりで?」
奈津子は視線を落として頷く。
「深い付き合いになってどれぐらい?」
奈津子はちょっと考え込む。
「半年ぐらいかな」
「大石氏が結婚してるのは知ってた?」
「まさかあ。知ってたら付き合わないし」
本当か? 反射的に疑問がもたげる。
「裁判所の通知が来てから、大石氏と連絡は取った?」
「うん。昨日、大石チーフの弁護士さんから電話があった」
「ほお。大石氏には弁護士が就いてるんだ?」
奈津子は、こくんと頷いた。調停は当事者同士の話し合いが基本だから弁護士を就ける必要はないが、その先の裁判も見越して代理人を依頼する例が多い。
「その弁護士、奈っちゃんには就いてくれないのかい?」
奈津子は、もう一度こくんと頷いた。
「代理人になるには、30万円かかるって言われたの」
同じ事件の相手方同士なのに、別途着手金30万円か。なかなか、経営センスの優れた弁護士だ。
「大石チーフってのは、会社でそれなりの立場にあるんだろ。おまけに主犯は彼じゃないか。着手金ぐらい出してくれないのか?」
『主犯』というのはまあ言葉のアヤだったが、奈津子の方は特に気にする様子もない。
「チーフに聞いてみたら、自分の弁護士に相談して、私の事もうまく対処してもらうから大丈夫だって」
哲也は深く息をつく。世間知らずの小娘のことなんて知ったこっちゃないというのが見え見えだ。
「で? その弁護士、何て言ってたんだ?」
「とりあえず、知らぬ存ぜぬで押し通せって」
「有無を言わさぬ報告書があるのに?」
「弁護士さん、二人が口裏を合わせて断固否定すれば大丈夫。絶対に肉体関係を認めるな、ホテルでは酔いを醒ますためにソファでお話ししただけですって言い張れって。何だか命令口調でヤな感じだったけど」
嫌な感じは、哲也も同感だった。
つづく(^^♪~~~
#3
弁護士にとって、逮捕・起訴され、さらに有罪判決を下されるということは再起不能に等しい致命的な痛手だ。我が身を襲ったわざわいがいかに悲痛なものであったとしても、この事態はつまるところ自暴自棄になった自分がまいた種。誰にも恨みごとは言えない。とはいえ、今も入院中の妻のことを考えれば、口に糊してでも生きていくしかなかった。落ちるところまで落ちた男は、ひとまず親友の情けにすがることを決心せざるを得なかったのである。
哀れな弁護士くずれに松尾陽一が用意したのは、法務部長という肩書きだった。もっとも、急ごしらえの部署のメンバーは哲也一人しかいない。売れっ子弁護士時代に比べれば報酬はタカが知れていたものの、所長の隣に、窓を背にしたデスクが用意されていた。プライドなどとうに捨て去った積りでいた哲也も、余計なことをと思いつつ、親友の心遣いを痛いほど感じていた。
その恩義ある男の愛娘が、トラブルに巻き込まれている。
「お前はまだ弁護士資格を回復してないよな。離婚がらみのトラブルに関わるのはまずいか?」
「いや、仕事で法律業務をするわけにはいかんが、単発、無報酬で知り合いの娘さんのサポートをするぐらいなら何の問題もない」
「そうか。すまん。何とも無様な話だが、相談に乗ってやってくれんか」
「もちろんだ。他ならぬ奈っちゃんの窮地だ。及ばずながら力は惜しまんよ」
幼い頃から可愛がってきた娘だ。研作とは二つ違い。お嫁さんになってやってくれないか、なんて軽口を何度叩いたことだろう。
一瞬、もうこの世にはいない一人息子の面影が脳裏をかすめる。同時に、哲也は我知らず力がみなぎってくるのを感じていた。研作を喪って以来、久々に湧き上がる高揚感だった。
例の浮気調査を依頼してきた妻から奈津子に直接のコンタクトがあったのは、ひと月ほど経った頃だった。
代理人を通じて杉並の自宅に内容証明が送られてきたという。妻の側も、夫の浮気相手が、よりにもよって調査を依頼した興信所のトップの娘だなどとは夢にも思っていないだろう。
陽一から見せられた書面の趣旨は、不貞行為によって夫婦生活を破綻させられたことに対する慰謝料として、不貞相手の奈津子に金600万円也の慰謝料を求める、というものだった。末尾には、期限までに支払いなき場合はしかるべき法的措置を取る、という型通りの文言が書かれていた。
結構吹っ掛けてきたな、というのが第一印象だった。浮気に対する慰謝料にも相場というものがある。大富豪や芸能人は別として、訴訟になった場合、請求金額が多かろうが少なかろうが、認められるのはおおよそ200万からせいぜい300万。それも、浮気した夫と浮気相手の二人分を合計した金額だ。奈津子一人で全額を負担するいわれはない。
とりあえず放っておけばいい。法的措置ったって、やれることはタカが知れている。法務部長の言葉に、陽一はやれやれという表情で頷いた。
奈津子とは、一週間ほど経った日の午後、吉祥寺で待ち合わせた。
微妙に茶色の入ったロングヘアーに目元を強調したメーク、タイトなジーンズ姿の今どきの女子大生だ。
よおっ、久しぶりだなあと声を掛けて、二言三言当たり障りのない話をしてみる。笑うとまだ幼さが顔を出すものの、しばらく見ないうちにすっかり大人びて見えた。あんな報告書を読んだ先入観のせいかも知れない
奈津子にとって哲也は、幼い頃から家族ぐるみで付き合っていた仲良しの哲おじさんだ。何気なさそうに振舞ってはいても、傷心と羞恥がないまぜになって内心消え入りたい思いだろう。おじさんの方だって気まずいったらないが、スキャンダルならこっちの方が大先輩。自慢じゃないが、何しろ前科一犯なのだ。お互いスネに傷を持つ身なればこそ、腹を割った話もできるというものだ。それにしたって、深い関係になった彼氏に妻がいて、何の因果か父親の会社に浮気調査を依頼してくるなんて。まあ、ここまで運の悪いことはそうそうあるもんじゃない。
「奈っちゃんも知っての通り、おじさんは5年前に逮捕、起訴されて有罪判決まで受けてる。それに比べりゃ‥‥」
「私なんて、ちょっと蚊に刺されたようなもん?」
哲也が破顔する。どうやらこの娘は、さほどか細い神経の持ち主ではないようだ。自分なりに傷を癒したか、それとも大した傷でもなかったか。腫れ物に触るような気遣いは無用かも知れない。
「哲おじさん。実はね。一昨日、私宛てににこんなものが届いたの」
つづく(^^♪~~~
#2
久我原哲也が脱税で逮捕されて弁護士資格を剥奪されてから間もなく5年になる。
このみっともない不祥事には前段があった。五十路を前に、中堅事務所の幹部として企業法務を中心に精力的に活動していた頃、哲也は大きな災厄に見舞われる。かけがえのない一人息子・研作が自ら命を絶ったのだ。研作は中学校の頃から不登校気味で、対人恐怖、強迫神経症と診断され、高校に入ってからは完全な引きこもり状態だった。
それは、研作が二十歳の誕生日を迎えたまさにその朝の出来事だった。
その前夜。研作は、大学の通信教育の講義がつまらないなどと笑いながら、珍しく父親に話しかけてきた。それからしばらく、明日で二十歳になるという話題には触れることなく、一人息子は父にことさら何気ない話をしている。そして、間もなく日付が変わろうとする頃、研作は2階の自室に戻った。
翌朝、哲也はいつになく早く目が覚めて、ふと何ともいえない胸騒ぎを感じてベッドを出た。何かに急かされるように階段を上がって息子の部屋のドアをノックした。返事はない。恐る恐るドアノブを握って回すと同時に、ずっしりと重い何かが手前に倒れこんできた。
その瞬間、哲也は全てを悟っていた。我が子は、内側のノブに結んだ電源コードを首に巻きつけ、その細くて強靭な紐に自らの全体重を委ねてドアにもたれかかるように座り込んでいたのだ。研作の心臓は、とっくに鼓動を止めていた。
今で言うイクメンのはしり、学生時代からの付き合いだった妻と二人で小さい頃から慈しみ育ててきた息子だった。夫婦にとっての衝撃は計り知れず、もともとウツの傾向があった妻は精神に変調をきたして入院する事態となる。
その結果、哲也は独りの生活を余儀なくされることになった。最愛の息子を喪い、三人家族がそれなりに仲睦まじく暮らしていた家にぽつんとたった一人。哲也は、酒におぼれ荒んだ生活に明け暮れるようになった。
仕事に関しても、徐々にタガが外れて来る。間もなく、成り行きに流されるまま、事務所が顧問契約を結んでいたアニメ関連会社の若手女社長とねんごろになった。
もともと商才に長け野心溢れる女社長は、哲也というその道のプロの後ろ盾を得て以前にも増してアグレッシブに事業拡大を進めた。仕事に対する意欲も法律家としてのモラルも失いかけていた哲也だったが、企業法務に長年携わってきた経験や知識まで失われたわけではない。彼女に拝み倒されて、売上の過少申告や架空の経費計上に手を付け、さらに脱税の指南やマネー管理をすることになっていく。危うい行為が習い性になれば、正常な判断力も徐々に摩耗する。哲也は、いつしか限度を超える行為にも手を染めるようになっていった。
そして、ついに5億円におよぶ所得隠しが発覚。8千万円近くの脱税の容疑で国税庁から告発され、東京地検特捜部に逮捕・起訴されてしまったのである。
半年後、女社長とともに懲役10カ月執行猶予3年の判決が言い渡された。執行猶予付きであろうと、懲役刑に処せられると弁護士資格は停止される。当然、事務所も追われることとなった。
そんな哲也を拾ってくれたのが松尾陽一だった。都内でもそこそこの規模の興信所を経営する男だ。
専門の調査員を抱えたアメリカの弁護士事務所と違って、調査能力のない日本の弁護士にとって、信頼できる興信所は欠かせないパートナーだ。特に民事訴訟では、対立相手のみならず、時には当の依頼人に関しても、その過去や素行を調査して事実の裏付けを取ることが必要な場合がある。
哲也がまだ弁護士になって間もない頃、勤務し始めたばかりの大手法律事務所と専属契約を結んでいたのが、陽一の父親が創業した松尾リサーチだった。哲也と陽一、新米弁護士と探偵業見習いは、同年代でお互い釣りが趣味ということもあって妙にウマが合った。二人は、何度かコンビを組むうちに仕事を超えて親しくなっていく。それから20年余り、公私にわたる付き合いが続いていた。
一人息子を喪って自暴自棄になり、資格もキャリアも信用もすべて失った哲也に手を差し伸べてくれたのは、数年前に興信所代表の地位を継いだ松尾陽一ただ一人だった。
つづく(^^♪~~~
#1
「何だって……」
哲也は思わず声を上げた。続く、まさか、の言葉をかろうじて飲み込む。
「いや……。まあ、ちょっとこれに目を通してみてくれ」
陽一が一冊のファイルを放り投げてよこした。表紙には『調査報告書』とある。
「うちの佐野が丸三日尾行した報告書だ。所長にはご報告しておいた方がいいと思って、なんて言いながら持ってきやがった」
哲也は、無言でぱらぱらとファイルをめくった。
報告書はまだ準備段階のものらしく、キメの粗い写真が何枚も仮印刷されていた。スリムなスーツ姿が決まったイケメン風が若い女と居酒屋で食事をしている姿、二人仲良くくっついて夜の街を歩いている姿、手をつないで派手なネオンのホテルの玄関に入って行く姿‥‥。そのそれぞれに、日付と時間と状況を克明に記したキャプションが付いている。
写真はあまり鮮明とはいえなかったが、若い女は確かに奈津子だった。赤ん坊の頃から、幾度となく抱っこしたりあやしたり、時にはままごと遊びに付き合わされたことだってある。目の前で仏頂面をさげた男、松尾陽一の一人娘、奈津子だ。名門女子大に合格したと聞いてブランドバッグをプレゼントしたのは、二年ほど前だったか。
「これとそっくりな女の子を知ってる」
ファイルから顔を上げて哲也が言った。
「ああ、俺もだ」
陽一が投げやりに答える。
「冒頭の事件概要の所に彼女のプロフィールが書いてある。21歳、杉並区荻窪在住の女子大生だそうだ」
なるほど、と言いながら哲也が腕組みをして大きく息をつく。
「そうか。うーん、参ったな」
「ああ、参った。浮気調査を依頼されて、不倫男のお相手を調べてみれば我が子なりって。ったく洒落にもならん」
「で、どうするんだ。この若造の浮気相手が奈っちゃんとなると俺にもいささかショックだが、他人が口出しする問題じゃなさそうだしな」
「ああ、親子の問題は、俺が片付ける。ただな」
陽一が、ちょっと言いよどんだ。
「どうした?」
「いや、浮気調査を依頼してきたのはこのくそ野郎の妻なんだが、佐野の話では、もう夫婦関係は完全に破綻しててこんな報告書見たら離婚に突っ走ること請け合いです、なんて言うんだ。俺もこの業界は長いから、調査の結果離婚したなんて話は山ほど見てきてるんだが、まさか自分の家族が当事者になったことはない。こんな場合……」
陽一がちょっと言いよどむ。
「その、何だ。浮気相手の方も責任を問われたりするもんなのか?」
興信所の業務というのは、報告書を提出した時点で終了。その結果派生した具体的な争いにまで関知することはない。久我原哲也がこの会社にいるのは、こんな時のためだ。興信所は、場合によっては法律すれすれの行動を取らざるを得ないこともあるし、調査相手から怒鳴り込まれることだってある。そんな時にこそ、法律のプロの適切な判断と助言が必要になる。
といっても、哲也は弁護士ではない。いや、今は違うと言った方が正確か。脱税で逮捕されて弁護士資格を剥奪されてから、間もなく5年になる。
このみっともない不祥事には前段があった。五十路を前に、中堅事務所の幹部として企業法務を中心に精力的に活動していた頃のことだ。
つづく(^^♪~~~