「自殺も本気で考えました」
幸次さんが、ふと当時を思い出すように天井を見上げた。
「和樹がいなかったら確実に死んでました。自殺したか、のたれ死にしたかは分かりませんけど。こうやって、まがりなりにも生きおおせてるのは、まあ和樹のおかげかもしれません」
あんな目にあってどん底の境遇に追い込まれて、その上生きる張りすらなくしたら。私は、何だかぞっとした。
「埼玉のぼろアパートのせんべい布団の中で、もうろうとした頭で、こんなことになってとにかく和樹に申し訳ないと、日がなそればかり考えていました。罪ほろぼしをしなきゃいかん、和樹のために何かしてやれることはないもんか、とは思うんですが、どっこい身体の方がどうしても動いてくれません。日がな一日部屋に閉じこもりっきりで、外へ出るのは、何日かに一回、近所のコンビニにおにぎりとかパンとか飲み物を買いに行く時ぐらい。そんな状態が2ヶ月以上続きましたか。破産手続きの時、弁護士さんがぎりぎり確保してくれた当座のお金も、もう底をつきかけていました。でも、まあ金が無くなったら無くなったでしょうがないって。まあそんな精神状態じゃ、身体も動いてくれるはずがないですよね」
うつ症状はずっと続いていたのだろう。生活は不健康そのもの、おまけに何の治療も投薬もしてないんだから、病状が好転するはずもない。
あれは、朝晩かなり冷え込むようになった頃でした・・・・。
幸次さんが、ぽつりと言った。

「ええ。埼玉に移ったのは、まだ暑い盛りでした。それが、ふっと気が付いたら、ぼろアパートのすきまっ風が身にこたえるようになって、夜昼なく布団をかぶってるような有り様でした。そんな時、もう冬も近いんだなって、珍しく何だかしみじみとした気分になって。そこで、ハッと気が付いたんです。年が明けたら、すぐにセンター試験じゃないか。いつも和樹の事ばかり気に病んでたくせに、そんな大事なことがストンと抜け落ちてたんですね」
いい加減に考えてるわけじゃないのに、肝心なことがすっぽり抜け落ちてる。確かに、そんなことってある。
「何だか、脳天にガツンと一発くらわされた気分でした。最愛の息子が人生の大事な局面を迎えようって時に、俺は、なすこともなくのうのうと寝込んでる。そう思ったら、自分自身に突然かあーと腹が立ってきて。私、思わず、布団からガバっと起き上がってました」
ぶっ倒れて以来、いや、ひょっとすると事業がうまくいかなくなったこの数年来、こんなに感情が高ぶったのは初めてだったという。カスミがかかった頭に一発くらったショックで、長年のうつが躁に転じたのだろうか?
まったく何を今さら、とは思いますけど、俺以外の誰が和樹をサポートしてやれるんだと思ったら、矢も楯もたまらなくなって・・・・。
「興奮して公衆電話から義弟の家に電話したら、奥さんがびっくりしてましたけど、しばらくぶりに和樹と話しができました。和樹に指定されて、池袋西口のドトールで会うことにしたんですが、その日、和樹のやつ私を見つけたとたん、駆け寄ってきて、父さん、大丈夫?って・・・・」
よほど、うらぶれてたんでしょうね。優しい子ですから、と言いながら幸次さんが声を詰まらせた。
叔父の家ではどんな生活をしているのか、受験勉強は順調に進んでいるのか、幸次さんは矢つぎばやに尋ねた。
「私立は受験しない。国立一本で行く、と言って都内にある理系の大学の名前を挙げました。もし、落ちたらって聞いたら、絶対受かる自信があるからその大学に決めたんだって言うんです。でも、試験当日に風邪ひくことだってあるんだぞって、まあ親バカまる出しで聞いたら、それは運命だからどうしようもないよね。別の道を探すよって」
運命・・・・。
和樹さんは、資産家から破産者へとジェットコースターのような人生をたどり、懸命の努力も結局報われることのなかった父の運命を思っていたのだろうか。
「大学に入ったら、ぼくは一人暮らしをする積りだって言ってました。もうこれ以上、叔父さんの世話になるわけにはいかないからね。大学には寮もあるし、近くの学生用の安アパートを借りてもいいしって」
よくぞ言った!
幸次さんは、内心で叫んだ。息子が肩身の狭い思いをすることが、身を切るようにつらかったんです。ま、自分にかいしょうがないことは棚に上げて・・・・。幸次さんは力なく笑った。
でも、一人暮らしするには先立つものが必要だ。しかも、いくら国立大学とはいっても、学費は決して安くはない。
「とりあえず、入学金と学費は叔父さんに用立ててもらうけど、それから必死でアルバイトして何が何でも返していくって」
幸次さんの声が、ちょっと沈んだ。息子の覚悟をあっぱれとは思いつつ、ハナから父親を当てにしてくれてないのだと知って、胸がふさがれる思いだった。
まあ、俺のこのみじめったらしい姿を見れば当然か。
そう思いつつ、幸次さんは、身体の奥底からふつふつとわき出て来るものを感じたという。
「ここで息子を助けてやれないでどうする。和樹に、これ以上金銭的な苦労をかけてなるか。父として、これまで心身ともに苦労をかけてきた償いをするんだ」
でも、それだけじゃなかったかもしれません・・・・。
幸次さんは、つぶやくように言った。和樹をサポートすることが、俺自身の生きる証しでもあるんだ。そんな気がしたという。ぬけがらに、再び命が宿った瞬間だった。
お前の面倒は父さんが見る・・・・。
幸次さんは宣言した。学費や生活費の事は心配するな。お前は、とにかく合格めざしてまい進しろ。和樹さんは、何を言ってるんだこの人は、とでも言うようにぽかんと口を開けていた。
信じられないのも無理はない。でも、いずれ分かる・・・・。
笑みがこぼれた。自信に満ちた笑みだった。
その帰りみち、幸次さんは、駅のラックに並んだ無料の求人案内を何冊も持ち帰って、すみずみまでむさぼるように読んだのだという。
コンビニ経営時代のモーレツぶりを見ても、もともと働くことが生きがいのような人なのだ。和樹さんとの再会が、ふぬけた身にカツを入れたというしかない。

その日から、幸次さんは馬車馬になった。当初から職はいくつか変わったとはいえ、夜明け前からの新聞配達から深夜の居酒屋のアルバイトまで、1日の実働およそ18時間。おまけに、それぞれの仕事の定休日はあっても、丸一日休める日はゼロ。よくも過労死しないと思うほどの、人間の限界をはるかに超えた働き方だ。
それだけ働けば、さすがにそれなりの収入になる。幸次さんの平均手取りは、間もなく、月々40万円近くになったという。

翌春。和樹さんは見事志望校に合格した。
「そりゃあ、うれしかったですよ。あんな環境の中で、よくぞ初志貫徹してくれたと思います。こうなったら、もう義弟の世話になるわけにはいきません。入学金と半年分の授業料、合わせて50万ちょっとでしたか。数か月、馬車馬のように働いて、それぐらいの金は貯まってました。銀行へ行ったのは、忘れやしません、3月21日の朝でした。ATMの振り込み完了の紙っきれを見たとたん、お恥ずかしい話ですが涙がぼろぼろとあふれてきましてねえ。借金の返済に泣かされたことは数え切れませんが、支払いでうれし涙を流したなんて、後にも先にもあの時だけです」
同時進行で、和樹さんと一緒に学生寮の入寮手続きも済ませた。これで、もう叔父さんの世話にはならないで済む。父と子の思いが、しっかりとつながった。
「ほんの少しだけ、父親としての責任が果たせたのかな。裕福だった頃には、ついぞ感じたことのない満足感でした」

つづく (^.^)/~~~