「ぼくが小さかった頃・・・・」

和樹さんは、思い出すようにしばらく考えこんでから言葉を続けた。

「息子の私が言うのも何ですが、父はものすごい子ぼんのうでした。忙しい仕事の合い間をぬって、暇を見つけてはいつも遊んでくれました。そういえば、赤ん坊の頃も、夜中であろうが明け方であろうが、ぼくが泣き出すと起きて抱っこして、泣きやむまでずっと部屋中をぐるぐるぐるぐる歩き回ってくれてたんだそうです。抱っこ歩きって、赤ちゃんにとってゆりかごなんですってね」
へーえ、そうなんだ。私は子どもがいないから知らなかったけど。
「だから、抱っこ歩きですぐに寝ちゃうんですけど、やれやれと思ってベッドに寝かせると、すぐまた泣き出すんだそうです。ゆりかごのリズムじゃないとダメなんですね。だから、本格的に寝込むまで、1時間でも2時間でもベッドの周りを歩き続けてくれてたらしいんです。ぼくは夜泣きが激しくて、一時期は、それが毎晩毎晩続いたそうです。おかげで私はぐっすり寝られたわって、母がよく言ってましたっけ。まあ、あの頃は、まだ夫婦仲も悪くなかったから」
和樹さんは寂しそうにほほ笑んだ。
それにしても、そんな子ぼんのうを絵に描いたようなお父さんが、最愛の息子に対して、一体どうしてあんな厳しい口調で借金返済を求めてきたんだろう・・・・。
「まだ景気が良くて裕福だった小学校時代。父は、遊園地をはじめ海にプールにスキー、動物園とか博物館とか、週末ごとに、どこかに連れて行ってくれました。最初は母も一緒でしたが、さすがにだんだん付き合いきれなくなったらしくて、いつの頃からか父と2人で行くことが多くなりました」
和樹さんの胸には、今も父親との思い出がいっぱい詰まっているようだった。
「父は、ぼくのことになるとわれを忘れるみたいなところがありました。そうそう、3年生のころだったか、水泳教室でぼくがおぼれかけたことがあったんです。結局大したことはなかったんですが、指導員の女性に激しくクレームをつけて。彼女がちょっと言い訳したようで、その瞬間にほっぺたをひっぱたいたんです。パッシーンという音が、屋内プールに響きわたりました。すぐに通報されて、まあ大ごとにはなりませんでしたけど、お巡りさんにずいぶん油をしぼられたらしいです。普段は穏やかで、暴力なんて絶対ふるう人じゃないのに、息子のことになると、もう後先考えられなくなるんですね」
和樹さんは、私の方を見て苦笑した。
「いいお父さんじゃないですか。あっと、まあ暴力ざたはさておきですけど。でも、中学生、高校生になってくると、あんまり干渉されると、だんだんウザくなってくるんじゃないですか」
「ええ、まあ。でも、その頃には、事業が傾きはじめてて、さすがにぼくにかまけてばかりというわけにもいかなくなってました。何しろ、3つの店を一日中駆けずり回って、もう土曜も日曜もありませんでしたから。でも、そんな時でも、ぼくの進学のことだけは気にかかってたみたいで。模擬試験の結果が出るたびに一喜一憂してました。科目ごとの結果分析に目を通して、毎回2・3日かけてぼくの答案を全部チェックするんですよ。はっきり言ってかなり迷惑でしたけど、点数がよかった時は、まあそれなりにうれしかったような・・・・。やっぱり、親が喜んでくれるのって、子どもにとっては大きな励みになるんですね。でも、あの頃の経済状況から考えて、塾通いさせるのもかなり無理してたんだと思います」
「お母さんは、どうしてらしたんですか? その頃」
「母は、店の経営にはほとんど口を出しませんでした。店のことで何か言っても、父はまったく聞く耳を持ちませんでしたから。店の手伝いなんかも、一切してなかったはずです。山の手のお嬢さん育ちで、まあまあ老舗の酒屋に嫁いで、コンビニも当初はうまく行ってて。経済的に行き詰まるなんて、思いもよらないことだったと思います」
確かに。そんな苦労知らずの奥様が、想定外の窮地におちいったら、一体どうなることだろう。
「だから、母は、店が傾いてきたのを知って、本当にもうどうしていいか分からなくなったと思うんです。そんな時、ママ仲間に誘われて、ちょっとしたブームになってた愛善会にのめりこんじゃって」
愛善会・・・・。一時、世の中を騒がせたマルチ商法だ。各地でトラブルを起こして、集めた莫大なお金を流用してぜいたくざんまいをしていた主催者が逮捕されて、被害者の会もできていた。もっとも、欲の皮を突っ張らせて大損をしただけに、被害者たちに同情する人はあまりいなかったが。
「母としては、店の経営が傾いてきたのを見て、何とかして家計の助けにと考えたんだと思います。でも、お察しの通り逆効果でした。それなりにあった家のたくわえをすべて愛善会につぎ込んで、結局、泥沼状態です。わが家が崩壊してしまったのは、母の責任も大きかったと思います」
当然、父は激しく怒り、母は父の甲斐性がないせいじゃないかとののしって、夫婦仲はいよいよ抜き差しならなくなってしまった。時には父がひっぱたくこともあったし、母がグラスを投げつけることもあった。
こうした逆風に立て続けに巻き込まれて、父親が経営してた3つのコンビニは、地の利と商品力に勝るライバル店に完全に敗退、借金は雪だるま式に増えていった。父親は、その後も人件費を少しでも削ろうと睡眠時間を削って働き続けたが、心労がたたったせいか、だんだんと精神的に不安定になってきたという。

「中学校に入った頃だったと思います。父と2人で電車に乗ってたら、父が突然大声で歌い始めたんです。ご存知ですか?」
和樹さんが小さく口ずさんだ。
・・・・ずっと夢を見て、幸せだったなぁ。ぼくは、デイドリーム・ビリーバー・・・・。
耳なれた歌だった。あれ? でも、どこで聞いたんだっけ?
「コンビニのコマーシャルソングです」
あっ、そう言えば・・・・。
「でもね。実は、うちのコンビニチェーンのじゃなくて、わが家をとことんまで追い詰めた、あのライバル店のコマーシャルなんですよ。ぼくはびっくりして、ダメだよパパ、電車の中だよって言ったら、いいんだよ、この歌はどこで歌ってもいいんだって。そんなわけないじゃん、やめてよ、っていくら言っても聞かないんです。ずっと夢を見て幸せだったなぁ、って、繰り返し繰り返し大声で歌うんです」
語尾がふるえて、和樹さんはちょっと鼻をすすった。その時、子供心に感じた恥ずかしさつらさを思い出したのか、それともそこまで追い詰められていたふびんな父親の胸のうちを思いやったのだろうか。和樹さんは、ポケットからティッシュを取り出して鼻をかんだ。
「近くにいたちょっと上品そうなおばさんが、あなた、およしなさい。電車の中ですよ、みなさんにご迷惑じゃないですかって言ってくれました。でも、父は、いいんですよ、この歌は。すっごくいい歌でしょ。誰も迷惑なはずないじゃないですかって言って、また歌いはじめるんです。ぼくは、ほんともうどうしていいか分からなくて、おばさんにごめんなさいって言って、電車が次の駅に到着した時、むりやりひっぱってプラットフォームに降りました。父はあんまり抵抗しなかったですけど、そのままぼーっとベンチに座り込んじゃって。今度は小さな声で、何とかの一つ覚えみたいに、あのフレーズをずうっと歌い続けてました」
想像するだけでつらい光景だった。中学1年生は、大好きな父親のそんな姿を、一体どんな思いで見つめていたのだろう。一見穏やかに見える青年の顔を、私は痛ましい思いで見つめていた。

つづく (^.^)/~~~