「コンビニの経営が傾いたのは、すべて私の経営判断のミスでした。今思えば、やみくもに拡大路線をひた走ったことが最大の原因なんですが、その根本にあったのが、私の意地というかこだわりというか。ライバル店の登場とか、地の利を度外視した出店とか、なまじっか成功体験があったもんだから、いったん直感でこうと決めたら、冷静に現状分析して戦略を考えたり軌道修正することなんてとても無理でした。俺には経営の才能がある、俺のやることに間違いはない、なんて根拠ない思い込みに衝き動かされてたんでしょうね」
「今だから、こんなことが言えるんだろうか」
私の知る限り、たいていの人は、自分のミスは棚上げにして運の悪さを愚痴ったり繰り言ばっかりだ。こんな風に過去の自分を相対化して冷静な自己分析ができる人はあまりいない。
「もちろん、地元ではそれなりに名の通った老舗を俺の代でつぶしてなるものか、という思いは強かったと思います。でもね。意地とかこだわりの根っ子んところにあったのは、いつも和樹のことでした。3つの店舗を、早朝から夜中まで駆けずり回りながら、軽自動車のハンドルを握ってふっと一息ついた時、気が付くと、和樹はどうしてるだろう、受験は大丈夫だろうか、そんなことばっかり考えていました。でも、仕事に追いまくられて和樹の顔をまともに見ることもできない。中高という一番大事な時に、俺は一体何やってんだって。だからこそ、いつか経営を立て直してやる、昔みたいに、世間様に恥ずかしくないだけの家庭を復活させるって。まあ、コケの一念ってやつですね」

幸次さんは自嘲気味に笑った。
「あの、その頃、奥様、あ、いや由紀さんも由紀さんなりに心を砕いてらしたんですよね」
また逆鱗に触れるのではないかとなかば覚悟しつつ、恐る恐る水を向けてみた。幸次さんが人非人とまでののしる元妻。でも、今、かつて良好だった父子関係がほぐれようのないまでにこじれた原因が、和樹さんの母親である由紀さんにあるのは間違いない。この件を解決するためには、いくら気が重くとも、いずれ由紀さんのことには触れざるをえない。
「彼女、愛善会にひっかかっちゃいましてね。和樹からお聞きですよね」
幸次さんは、もう激昂する様子は見せなかった。感情を押し殺したような口調で言った。
「はあ、一通りは・・・・」
「あれが、とどめの一撃でした。毎日毎日駆けずり回って、何とかかんとか経営を維持してきてたんですけど、由紀は最後の命綱だった金を愛善会につぎ込んでしまったんです。彼女は、コンビニの現場に関わろうとしませんでしたが、私の体は一つしかありませんから、売り上げの入金や支払い処理のために彼女に毎日銀行に行ってもらっていました。事業口座の管理は、ほぼ彼女に任せっきりだったんです」
「でも、幸次さんご自身でもお金の出入りは確認なさってたんでしょう?」
「もちろん。でも、すべてが把握できてたわけじゃありません。とても帳簿を付けるなんて余裕はなくなってましたけど、最低限、支払いの期限だけはカレンダーに書き込んで、絶対に遅れないように気を配ってました。何しろ、その日の売り上げ金を、そのまま翌日の支払いに充てるような文字通りの自転車操業でした。だから、お金の流用なんてハナから考えもしなかった。でも、銀行から半強制的に預金させられていた定期が盲点でした。たかだか200万円でしたけど、こいつに手を付ける時は破産する時だと自分の戒めにしていた定期預金です。もしも、いよいよという時が来たら、これまでお世話になった取引き先に形ばかりでも最後の義理を果たそうと思っていたいお金でした。虎の子とか隠し財産なんていうのんきなもんじゃありません」
幸次さんが、ちょっと言葉を切った。ことの次第がありありと見えるような気がした。由紀さんは、幸次さんの最後のよりどころだったそのお金に・・・・。
「その金に由紀は手を付けた。一ヶ月ごとに元金が5割増えるなんて、まともなビジネスのはずがない。そんな詐欺まがいの話を信じるなんて、まったくどうかしてますよね。店がいよいよ切羽詰まってきたのを見て、正常な判断能力を失ってたとしか言いようがない。運用益で、何とかして事業を持ち直せるって思い込んでたようです」
押し殺した口調は変わらない。内心の怒りは激しいはずだが。
「その後は、もうお定まりのコースです。案の定、200万円なんてあっという間に吹っ飛んでしまって。たまたま今回はちょっと運が悪かったけど、これこれの追加金を出資すれば、すぐに損を取り戻して大きなリターンが得られるなんて言われて。彼女も、内緒でつぎ込んだ200万をパーにして、もう引くに引けなくなっていたんでしょう」
進退きわまってまともな判断ができなくなったウサギを前に、舌なめずりするキツネ。詐欺関係の事件に関わる度に、いやというほど見聞きしてきたパターンだ。
「もちろん、もうわが家は逆さにしたって鼻血も出ない有り様です。彼女、どこから資金をひねり出したと思います?」
「・・・・ご実家を頼られたとか?」
「とんでもない。彼女の両親は早くに亡くなって、実家は弟一家が引き継いでいます。私は、意地でも由紀の実家に頼る積りはありませんでしたけど、彼女は既に弟からいくばくか援助を受けていたかも知れません。でも、弟だって馬鹿じゃない。まさか姉がマルチにはまってるなんて思いもしなかったでしょうが、当時のうちの状態は知ってましたから、何百万単位のお金を用立てるなんてお金をどぶに捨てるようなもんだと分かってたでしょう」
「それでも、由紀さんは追加金を出資なさったんですよね。一体どうやって?」
幸次さんは、大きなため息をついた。
「借金したんですよ。その愛善会から」
へーえ。
まさにヤミ金の手口じゃないか。愛善会が摘発された時は大きな話題になったが、その詳しい手口までは知らなかった。これはマルチ商法なんて生やさしいもんじゃない。正真正銘の絵に描いたような詐欺集団だったわけだ。
「ま、愛善会が実際にお金を融通して出資金に充ててたのか怪しいもんですが、とにかく借用証だけはしっかりと書かされてました。次から次、何枚もね。でも、一介の主婦の返済能力なんてたかが知れてるから、愛善会は当然連帯保証人を求めます。結局、私は、知らない間に都合1000万円近い借金の連帯保証人になってました。実印と印鑑証明付きの、文句のつけようのない保証契約書でしたね。事務手続き関係は由紀に任せっきりでしたから、その気になれば、実印はもちろん、区役所で印鑑証明を取るぐらい造作もない。まあ、死ぬ間際のけものが、ハゲワシに襲われて骨の髄までしゃぶられたってわけです」
ハゲワシか・・・・。私の脳裏に浮かんだのはアリ地獄だった。誤って砂の穴にすべり落ちて、はい上がろうともがけばもがくほど、ずるずると地獄の底に引きずり込まれていく姿が見えるようだった。
「万事休すでした。彼女の告白を聞いた時、最後の糸が切れるプッツンという音がはっきり聞こえました。いちるの望みが切れた音っていうより、不安定ながらも何とか持ちこたえてた私の神経が切れる音だったのかも。私は、その場に倒れ込んで、それ以来長く寝込むことになります。何をする気力も完全に喪ってしまって、まさに、生けるしかばねそのものでした」
分かる気がした。もともと幸次さんが精神的に不安定だったからというより、こんな目に遭ったら、誰だってそうなってしまうだろう。
「残された道は、自己破産しかなかったんですね」
「私は、もう判断力も指示できる能力もなかったですから、以前お世話になった弁護士さんにお願いして破産手続きを進めてもらうことになりました。私は、まともな意思能力すら疑われる状態でしたけど、言われるまま、色んな書類にサインしました。膜が張ったようなぼんやりした頭で、とうとう破産したんだなってことだけは分かっていました」
「現金預貯金はほとんどゼロで、家も土地もすべて失って、それから皆さんはどうなさったんですか?」
「いくら病気で寝込んでるからって、競売は待ってくれやしません。私は、弁護士さんが手配してくれた埼玉のおんぼろアパートに移されて、由紀と和樹は実家の弟一家を頼るしかありませんでした。大学受験を控えてた和樹の事を考えて、義弟も、とりあえず少しでもましな環境を確保するしかないと思ってくれたんだと思います」
妻子の方は一応再出発のするメドがついたのだとして、幸次さんは、破産状態で、おまけにかなり深刻な精神疾患を抱えている。よくもまあ、自殺を考えなかったもんだ。
「もちろん、自殺も考えました」
私の心の声が聞こえたかのように、幸次さんがつぶやいた。

つづく (^.^)/~~~