その後、父親の幸次さんはさらにふさぎ込むことが多くなり、心療内科で双曲性のうつ病と診断された。マルチ商法で大きな被害を受けたお母さんも、その負い目もあったのか、見るも無残にやつれ果てていた。しかし、八方ふさがりで何の展望もない中、両親は、いたわり合うどころかお互い顔を見ればののしり合うようなとげとげしい毎日。一緒に暮らすことはもはや限界だった。
そして、とうとうお母さんは、高校生になっていた和樹さんを連れて練馬の実家に帰ることになった。和樹さんの受験勉強のことを考えれば、幸次さんも同意せざるを得なかったようだ。
「実家の両親はもう亡くなっていて、母の弟一家が住んでいました。 クリックして続きを読む