登場人物

*丹羽登史郎:丹羽家先代当主 明治38年生 
 丹羽家相続と同時に商工省を退官、
 昭和11年丹羽地所創業 昭和50年隠居 平成元年亡
*丹羽英世:登史郎の長男 昭和12年生 
 ジャズミュージシャンを目指して若くして家を出る
*丹羽和馬:同次男 昭和15年生 
 昭和50年、父登史郎を継いで丹羽地所社長
*丹羽淑子:和馬の妻 平成25年亡
*丹羽駿介:和馬の長男 昭和51年生 
 平成18年、後継含みで丹羽地所に入社するも平成27年亡
*丹羽百合香:駿介の妻 丹羽本家の遠縁で、
 和馬の秘書を経て平成20年駿介と結婚
*丹羽泰介:駿介の長男 平成22生 平成27年亡
*丹羽恭介:同次男で駿介の忘れ形見 平成28生
*丹羽伊佐緒:和馬の従兄弟で丹羽地所の番頭格の専務
*本間智恵子:和馬の愛人? 昭和49年新潟生
*本間祐樹:智恵子の長男 平成11年生 
 認知により、戸籍上和馬の婚外子となっている
*島津由紀夫:和馬の幼なじみで、丹羽家の顧問弁護士
*島津絵莉:由紀夫の次女 弁護士
*竹原麻乃:島津法律事務所の古参秘書兼事務員
*松尾奈津子:絵莉の親友 松尾リサーチの代表兼調査員

act.1

老人は、その文字を食い入るように見つめていた。その耳にはもう、混みあったフロアのざわめきは届いていない。
『認知』
手にした文書にくっきりと印字されたその二文字。
老人は混乱している。認知という用語の意味と、それが他ならぬ自分の戸籍に記載されていることがどうしても結びつかない。
老人は、ちょっと息を整えながら、記載内容をもう一度確かめる。
『平成16年9月1日新宿区東新宿2丁目本間智恵子同籍祐樹を認知届出』
丹羽和馬と記載された自身の身分事項の欄には、間違いなくそう書かれている。平成16年。令和と年号が変わった今から、もう15年以上も前のことだ。
その頃、俺は‥‥。
和馬は、素早く頭の中を整理してみる。
俺は、まだ六十を過ぎたばかりか。淑子も元気だったし、駿介はまだ松井生命に勤めていた頃だ。春奈との関係は続いていたか、もう既に別れていたか‥‥。いずれにしろ、本間智恵子だの祐樹だのという名前にも東新宿という住所にも、何一つ心当たりはない。
認知‥‥。
結婚していない男女の間に生まれた子を父親が自分の子であると認めること。それによって、法的な父子関係が形成されることぐらいの知識はある。ということは、どこかの見知らぬ人物が、法的に自分の子になっているということ。それは、つまり‥‥。
和馬は、軽いめまいを覚えた。
つまりその子は、間もなく齢八十を迎える俺のれっきとした相続人ということになる。先祖代々脈々と受け継いできた東京郊外の広大な土地と、それを基盤に築き上げた不動産事業を、見も知らぬ人物が相続する? 
まさか。そんなふざけたことがあってたまるものか。
妻を亡くし、続いて一人息子を喪った俺の跡継ぎは、亡き長男が残した忘れ形見たった一人。それが自明の理だとずっと思い込んでいた。まだ幼いその孫が将来確実に丹羽家を引き継げるようレールを引くことが、老いた自分の最後の務めだ。自分なりに練った計画に着手するために足を運んだ役所の戸籍係で、こんな思いもよらない事態が待っていたとは。
長く不動産業をしていれば、顧客の遺産をめぐる紛争に関わらざるを得ないことがままある。身につまされます、などと言いながらも結局他人事に過ぎなかった相続争いが、ひょっとすると我が身に降りかかってきた? これはそんな事態なのか。
‥‥待てよ。今の戸籍はどうなっている? 
和馬は、受け取ったばかりの封筒から、慌ててもう一枚の書面を出して拡げてみる。今見ていたのは縦書き形式の旧い戸籍だ。現在のものは、一体どうなっているのか? 
平成18年改製と書かれた新しい戸籍の方には、『認知』の記述はどこにもない。和馬は思わず息をつく。現在の戸籍に書かれていないということは‥‥。認知したという記録が間違いだと分かって、削除されたのか? 
まさか‥‥。
和馬は、すぐにその考えを打ち消す。本人に何の断わりもなしに血縁者を足したり引いたり、いくら何でもそんな馬鹿げたことなどあるはずがない。
和馬は、窓口にとって返し、戸籍係の女性に声を掛けた。
「あの‥‥」
はい、何でしょうか、と若い担当者がにこやかに頷く。
「旧い戸籍に載っていた記録が、新しいものには記載されていないんですが」
担当者がもう一度にっこりと微笑む。
「ええ。戸籍を新しく作り直した場合、項目によっては旧い記録を書き移さないものがあるんです。例えば、お子さんが結婚して新しい戸籍に移られた後で戸籍を作り直したら、新しい戸籍にはお子さんの記録は載らないんですよ」
噛んで含めるようなその口調に、和馬はちょっと苛立ちを覚える。
「なら、その、例えば認知の記録は?」
「認知の記録も書き移されません。でも、もちろん、新しい方の戸籍に載っていないだけで、認知によって親子関係ができたという事実が消えたわけではないんですよ」
そりゃそうだろう。和馬は息をつく。ならば、この本間祐樹という見知らぬ人物は、やはり俺の子ということになるのか。
「君。あの、ちょっと‥‥」
はあ? 窓口の女性が小首を傾げる。
言葉が続かなかった。15年以上も前に受け付けられた届け出に、一体どんなクレームがつけられる? 目の前の女性係員は、その頃はまだせいぜい小学生だろう。だからと言って、上司を呼べと息巻いたとしても、責任者だって既に何代も入れ替わっているはず。むきになっただけ、ちょっと頭のおかしい老人だと思われるのがオチだ。
和馬は徐々に平静を取り戻しはじめていた。
老いたりと言えども、この地域の政財界で丹羽和馬の名前を知らぬ者はいまい。たかだか戸籍係風情、というといささか語弊があるが、今どきの若い職員が私の顔に思い当たらなかったのはむしろ幸いだったかも知れない。いずれにしても、こんな公けの場でみっともない姿をさらすわけにはいかない。ひとまず出直そう。いったん冷静に事態を受け止めて対処方法を考えよう。
あ、いや何でもない、と口の中で呟きながら、書類をバッグに押し込んで半ば逃げるように和馬はその場を離れた。エレベーターに乗って行先ボタンを押そうとして、和馬は右手が小刻みに震えているのに気付いた。われ知らず、力の限り拳を握りしめていたようだ。
そのまま地下の駐車場に降りて、愛車アストンマーチン・ヴァンテージに乗り込んでドアを閉める。馴染んだシートに身を沈めると、徐々に落ち着きが戻ってきた。和馬は、バッグから戸籍謄本を取り出してもう一度眺めてみる。
何かとんでもない間違いが起きている。普段の生活で、戸籍謄本を取り寄せることなんてまずない。もうずっと長い間見る機会もなかったから、こんな思いもよらないことが起こっているなんて考えもしなかった。それにしても、もう15年以上にも渡ってこんな状態が続いていたとは。
俺も、間もなく八十だ。孫の恭介が将来つつがなく丹羽家を継げるように万全の計画を立てて、いざそれを行動に移そうと戸籍を確認した結果がこれだ。そんなことでもなければ、一生気が付かないことだってあり得たのだ。15年以上特に問題がなかったのなら、今さら一刻を争うような話ではないかも知れない。でも、こんなとんでもない間違いは早急に正さなければならない。ひとまず出直して、由紀夫と相談するしかない。
和馬は、丹羽地所の顧問弁護士でもある親友の顔を思い浮かべていた。由紀夫のヤツ、こんな話を聞いたら何て言うだろう。身に覚えがあるんだろ、などと軽口を叩きながら腹を抱えて笑うに違いない。そして、このあり得ない間違いにいつものようにうまく対処してくれるだろう。
間違い‥‥? 
和馬はふと思った。単なる間違いや手違いでこんなことが起こるものなのだろうか。
まさか。ちょっと冷静になって考えれば、そんなことがあり得ないことは自明の理だ。
陰謀‥‥。罠‥‥。詐欺‥‥。
穏やかでない言葉が、次々と和馬の脳裏をよぎる。この降って湧いたような事態は、ひょっとすると誰かが意図的に仕組んだものなのか。
まさか‥‥。
和馬は己れの疑心暗鬼を嗤いながらも、背後で何者かの手が怪し気にうごめくイメージを拭い去ることができなかった。

丹羽地所は、丹羽和馬が100%の株を握る純然たるオーナー会社である。本社は、京王線府中駅にほど近い6階建ての自社ビルだ。丹羽一族はかつて、この辺りから北西、JR中央線にかけての広大な土地を所有する大地主だった。

昭和9年、丹羽本家の惣領息子だった和馬の父登史郎は、父親の隠居に伴う家督相続でその莫大な資産を引き継いだ。一橋大学の前身東京商大で経済学を修め商工省に奉職していた登史郎は、当時まだ三十を過ぎたばかり。大学予科に入学当初から進取の気性と決断力には定評があり将来を嘱望されていたというが、丹羽家の家督を引き継ぐとともに惜しまれつつ退官した。
それからほどなくして、登史郎は単身アメリカに渡る。満州国建国から国際連盟脱退と日本をめぐる国際情勢は緊迫の度を加えていたものの、日米関係はまだ何とか危ういバランスを保っていた。登史郎が家督相続から間を置かず敢えて渡米に踏み切ったのは、不動産ビジネスの先進地ニューヨークで、その理論と実践的手法を学ぶためであった。

およそ半年後に帰国すると同時に、登史郎は許嫁だった文子と結婚して身を固める。さらに息を継ぐ間もなく、父祖伝来の広大な土地の管理を主な目的とする不動産会社を設立し、丹羽地所と命名した。そして、長男の英世に続いて次男和馬が生まれた頃、隠居していた父を始めとする親族の激しい反対を押し切って、丹羽家伝来の広大な土地の大半の所有権を丹羽地所に移転したのである。
30年余り後、次男和馬を正式に跡継ぎとして指名した時、登史郎は問わず語りに述懐している。日々軍部の力が台頭する時代、登史郎は、国体護持という大義を前にしては民草に過ぎぬ個人の権利など取るに足らないものだという風潮をひしひしと感じていた。それはつまり、一朝ことあらば、一個人の財産など風の前の塵に過ぎないということ。だとすれば、高級官僚に連なっていた時代に築いた有形無形のコネクションを活用しつつ、企業活動を通して政府に接近し貢献する姿勢を示しておくことが、いざという時の丹羽家伝来の資産の防衛策になり得るのではないか。一時は国家権力の中枢近くでその動向を見てきた者として、ニューヨークで身に付けた不動産ビジネスのノウハウを駆使しつつ考え抜いた末の決断だった。
折から、過密が深刻になっていた大都市の人口の分散化を目指して、都市計画法の適用範囲を近郊の中小都市にも拡張する法改正が行われていた。知識判断力ともに優れた登史郎が、この機会を見逃すはずがなかった。地元自治体の協力を得て、鉄道沿線エリアを皮切りに丹羽地所に移転した広大な不動産の農地転用に取り組み、大部分が田畑だった土地の市街地化を推し進めたのである。

間もなく日米は太平洋戦争に突入。ほんの4年足らずで、日本はあえなく敗戦を迎える。軍事施設や飛行場、軍需工場のあった八王子や立川に比べると、府中近辺の空襲被害はさほどでもなかった。
敗戦後、およそ7年間に渡って日本は連合国軍による統治時代が続く。この時代、登史郎がかつて目論んだ資産防衛のための構想が、今度はGHQのドラスティックな占領政策に対して予期せざる形で実を結ぶことになった。
かつて数多の小作人を抱えていた広大な田畑の大半を丹羽地所に譲り渡し、さらに農地転用をせっせと進めた結果、もはや丹羽家は形の上では以前のような大地主ではなくなっていた。そのおかげで、地主制度を解体して小作農民を貧困から解放しようという占領政策の下、日本政府が強引に推し進めていた農地改革の激流を免れることになったのである。
当時、GHQの施政方針は民主化政策と反共政策のはざまで左右に揺れ動いていた。加えて、敗戦で一時壊滅状態となった日本の行政機能は、中央地方ともまだ復旧途上にあった。そのため、政府の政策推進も付け焼刃・泥縄式とならざるを得ず、具体的な政策実施段階に当たっては、不備や抜け穴のオンパレードというのが実態であった。結果、丹羽地所を介して広大な土地を間接的に支配する丹羽家は、大地主としての顔を見事隠しおおせることになる。おかげで、日本全国の地主階級が、田畑の大半を二束三文で召し上げられて急激に没落していくのを尻目に、丹羽家の財力が揺らぐことはほとんどなかったのである。
無論、一民間人に過ぎなかった登史郎は公職追放などとは無縁であり、財閥解体などの苛烈な経済政策の影響が東京の片田舎の一同族会社に及ぶこともなかった。

時を置かず日本全土に復興の槌音が響き渡り、続いて日本は高度成長期を迎える。
同時に、旺盛な不動産需要が大きなうねりとなって都心から郊外へと波及することとなった。丹羽地所は増収増益を重ね、単なる不動産管理会社に止まらず、多摩地区指折りの有力企業として地元経済界で大きな地位を占めることになる。
アメリカに次ぐGNP世界2位ともてはやされた後、日本が徐々に安定成長に向かう頃、丹羽家の後継者として事業を一手に引継いだのが、登史郎の次男和馬だった。長男の英世ではなく次男和馬を後継に指名したのは、英世がジャズにのめり込み家を出てミュージシャンの道に進んだからだというのは表向きの理由。登史郎の目には、次男が自分譲りの才気と決断力を併せ持っていると映っていたようである。
その父の思惑通り、和馬は、首都圏の不動産価値が右肩上がりを続ける中、従来のオフィスビルや賃貸マンションのみならず、その後の少子高齢化を見据えて有料老人ホームや介護施設にまで手を拡げ、事業の多角化に邁進する。今や先代をしのぐ経済人としての地位を築き上げた次男の経営手腕を前に、登史郎の目に狂いはなかったというのが古くからの地元雀のもっぱらの噂であった。

丹羽第一ビルは1階が地元信用金庫の駅前支店、2階から5階には大企業の支店や地場産業のオフィスが入っている。そして、最上階の6階には、丹羽地所の宅地建物取引部門が店舗カウンターを構え、その奥が本社の事務管理オフィス、さらにその奥に社長室がある。
社長室を訪れた者は、正面の巨大な一枚ガラス窓から望むパノラマに一瞬息を飲む。そして、目の前に広がる風景のかなりの部分が丹羽一族の父祖伝来の土地なのだと聞いてさらに驚くことになる。この社長室には、先代登史郎を継いで丹羽地所、ひいては丹羽家そのものを盛り立ててきた和馬の強烈な自負が込められている。

「お帰りなさいませ」
社長室の手前、オフィスとは透明な間仕切り壁で隔てられた秘書室の百合香がいつものように声を掛ける。百合香は和馬の長男駿介の嫁だ。結婚後しばらくは休職したものの、まだ学生アルバイトだった頃から数えればかれこれ10年近く、和馬の専属秘書を勤めてくれている。
早くも傾き始めた秋の日差しが、巨大な窓の向こうに広がる風景を赤く染め上げている。いつもならば、窓際にたたずんでそのパノラマをしばし眺めるのが和馬の習い性なのだが、今日ばかりはそうも行かない。総けやきの無垢材を使った重厚なデスクに問題の書面を取り出して広げた。
住民課ロビーの申請者用デスクで食い入るように見つめた一枚を左側に置く。現行の表示方法に変更される前の縦書きの戸籍謄本で、冒頭部分に『改製原戸籍』と記されている。筆頭者の欄に和馬の名前、続いて妻の淑子、さらに長男駿介の名前がある。
もう一枚、右側に並べたのが和馬の現在の戸籍だ。コンピューター化された横書き形式で、平成18年改製と書かれている。つまり、和馬の戸籍は、平成18年に縦書きの旧戸籍から横書きの新戸籍に作り変えられたということになる。新しい方の謄本は、妻淑子の欄に『除籍』の判が押され、平成25年に死去したことが記されている。長男駿介の欄も同様に除籍となっているが、こちらは平成20年に結婚して妻との新しい戸籍を作ったためと書かれている。後日、駿介も不慮の事故で亡くなっているのだが、既に和馬の戸籍を離れた者のその後のことは記載されていない。
そこまではいい。そこまでは、門外漢の和馬でも理解が及ぶ範囲だ。問題は、旧い方の戸籍にある平成16年に和馬が届けたという認知の記録が、平成18年に作り替えられた新しい戸籍には記載されていない点にある。駿介が結婚した時や淑子が亡くなった時に戸籍謄本を取り寄せた記憶はあるが、時期的に見て、それは新しい方の戸籍だったはずだ。そのために、旧い方の戸籍にしか書かれていない認知の記録が和馬の目に触れることは、これまでまったくなかったということになる。
和馬はもう一度旧い方の縦書きの戸籍を凝視する。
右から戸籍の筆頭者である丹羽和馬、続いて妻の淑子、そして長男・駿介の名前が続柄や身分事項とともに並んでいる。駿介が結婚して和馬の戸籍を離れたのは平成20年。平成18年に新戸籍に作り変えられた後のことだ。従って、旧戸籍の方には、駿介が結婚した事実は書かれていない。
しかし、和馬の関心はそんなところにはない。その目が見詰めるのは、旧戸籍の自身の身分事項欄に記載されているくだんの一行だ。
『平成16年9月1日新宿区東新宿2丁目本間智恵子同籍祐樹を認知届出』
由々しき事態であることだけは間違いない。頭の中はまだ混乱しているが、ともあれ我と我が身に起こっている現実を正確に理解し、それがもたらす影響を考えなければならない。何の変哲もないこの一行の文字列の中に、この事態の背景を探る何らかのヒントが隠されてはいないのか‥‥。
まずは、『平成16年9月1日』という日付けだ。妻の淑子に子宮頸がんの診断が下されるよりも随分前のことだ。
確かに、自身に女性関係がまったくなかったわけではない。しかし、松井生命に勤務していた長男駿介を、将来の社長含みで丹羽地所に迎えることが決まったのが丁度この頃だ。間違っても恥さらしな姿を見せるわけには行かないと決心して、あとくされない形で身辺整理は終えていたはずだ。
続いて『新宿区東新宿2丁目』という住所。新宿駅の東口方面だろうか。あの界隈を知らないわけではないが、個人的にはまったく縁もゆかりもない土地だ。
そして『本間智恵子同籍祐樹』。女の名前にも本人の名前にも、まったく心当たりがない。この記載では、本間智恵子なる人物の戸籍にいる祐樹なる人物、という以外何一つ分からない。そもそもこの二人が親子なのかも、祐樹本人の年恰好すらもまったく見当がつかないのだ。
結局、手も足も出ない。やっぱり由紀夫に頼むしかないか。あいつのにやにや笑いを見るのは実に腹立たしいが。
和馬は、胸ポケットからスマホを取り出して島津法律事務所の番号を打ち込んだ。

act.2

中央道から高井戸で首都高速4号線に入り、新宿ランプで降りてすぐの超高層ホテル。その最上階に、和馬の行きつけの会員制クラブがある。和馬は父の登史郎譲りの下戸でアルコールは殆ど受け付けないのだが、ここは落ち着いた雰囲気でそこそこ手の込んだ料理が味わえる得難い空間である。もちろん、内密の打ち合わせや商談、商工会議所の会合などの流れで立ち寄るにも、場所といい格といい申し分のない店であった。
午後7時過ぎ、約束の時間からちょっと遅れて島津由紀夫が店に入ってきた。先に席に着いていた和馬を見つけて、いつものようによおよおと手を挙げながら近づく。

和馬と由紀夫とは幼なじみだ。小学校入学は終戦直後の混乱のさなか、中学校まで地元の学校に通った後、旧制中学の流れを汲む地域の名門高校に揃って進学した。入学当初はつるんでかなり悪さをしたものだったが、2年生になってともに軌道修正。敬愛する父登史郎の母校一橋に憧れる和馬に引きずられるように、由紀夫も大いに勉学に励むことになった。
おかげで和馬は念願の一橋の商科へ、由紀夫は「人生劇場」を読み漁って心酔していた早稲田の法科に進むことになる。和馬の父に対するこだわりの根っこには、登史郎とそりが合わなかった兄の英世が早くに家を出たため、いずれ丹羽家を継ぐのは自分なのだという思いがあったのだろうと由紀夫はにらんでいる。
一方その由紀夫の方は、たまたま法学部に入ったことから、周りの空気に刺激されて一念発起、高校時代をはるかにしのぐ猛勉強の末、晴れて司法試験に合格することとなる。

由紀夫は、軽くオードブルをつまみながらハイボールのグラスを傾けて、いつになく深刻な表情で話す和馬を興味深そうに見ていた。
「もちろん身に覚えがあるんだろ?」
予想にたがわぬ反応に、和馬の口から思わず笑いが漏れた。
「それならば、不徳の致すところで、まだ納得のしようもあるんだがな」
由紀夫は、和馬のこれまでの女性関係を知らないではない。愁嘆場と言ってもいい場面に巻き込まれかけたこともあったが、とっくの昔にすべてを清算していたはず。ましてや、隠し子などという事態は想像もしていなかった。
「一応確認しときたいんだが」
由紀夫の声が、ちょっと改まる。
「どうして急に戸籍なんて取ろうと思ったんだ? 例の百合香さんの件か」
「まあ、そんなとこだ」
由紀夫がハイボールに軽く口をつける。
「駿介君が亡くなって何年になる?」
「来年が七回忌だ」
もうそんなになるのか、と言ったきりちょっと言葉が途切れた。
悪夢としか言いようのないあの出来事を思い出すと、由紀夫も胸がふさがれる思いがする。そうか。目の前の親友が最愛の一人息子と孫を同時に亡くしたあの大事故から、もう5年も経ったのか‥‥。

金曜日の夜の中央高速道路。ゲリラ豪雨と呼ばれる凄まじい土砂降りの中、駿介はまだ幼い息子を連れて八ヶ岳山麓の別荘に向かっていた。目撃証言と警察の実況検分によれば、追い越し車線を高速で走行中に隣の車線から大型のワゴン車が突然割り込んできて、思わず急ブレーキを踏んだ可能性が高い。豪雨で水溜まり状になった高速道路でブレーキを踏むのはまさに自殺行為だ。一度スリップしたが最後、タイヤが地面から浮き上がってハンドルもブレーキも一切効かなくなる。しかし、それをいくら肝に銘じていても、とっさの場合、人は反射的にブレーキを踏んでしまうものなのだ。
駿介の車は猛スピードのまま中央分離帯に激突し、そのままの勢いで対向車線に飛び込んだ。その瞬間、逆方向から高速で走る大型トラックが真正面に迫っていた。双方のスピードから考えて、相対速度は優に200キロを超えていたと推定される。想像を絶する破壊力で、駿介の車はひしゃげた鉄くずの固まりとなって大型トラックの正面にへばりついていたという。

「恭介君の方はいくつになった?」
「恭介が生まれたのは、駿介が死んだ次の年の年明けだ」
「そうだったな。ってことは、‥‥もう5歳になるのか」
和馬の一人息子駿介の忘れ形見、恭介。和馬にとっては、今やかけがえのないたった一人の孫だ。あの事故で駿介とまだ幼かった初孫の泰介が非業の死を遂げた時、弟の恭介はまだ母百合香のお腹の中にいた。
「法的に言えば、お前の膨大な財産はたった5歳のおちびさんがすべて相続することになる。そのはずだったよな」
目の前の大富豪が頷く。
「しかし、もしもお前が認知した子が他にいるとなれば、話は根本からひっくり返る。法定相続人は、おちびさんと、この本間祐樹っていう得体の知れない男の二人ってことになる」
「しかし、俺はこの本間という親子にまったく心当たりがない」
「だが、その女性の子を認知している」
「してない」
和馬が即座に否定した。由紀夫が、和馬の顔をしげしげと眺める。
「ほんとに、まったく心当たりがないんだな?」
「狐につままれたような気分だ。‥‥おっと待て待て。俺にはまだ認知症はないぞ」
由紀夫の疑いの表情を見て、和馬が慌てて言い添えた。
「認知もしてなければ認知症もない、か」
いつもの軽口だったが、今の親友の心境を考えるとちょっと不謹慎だったかなと、由紀夫は少しだけ反省する。
「それにしたってだ。認知の届け出からもう15年以上経ってるんだぞ。その間、まったく気付かなかったのか?」
見てくれよ、と言いながら、和馬がもう一枚の戸籍謄本を並べる。
「今の戸籍謄本には、認知の記録がないんだ」
「ああ。そうか、なるほどな。確かに、戸籍が改製されると、認知とか離婚とかの記録は書き移されないことになってるからな」
二枚の戸籍謄本を見比べながら由紀夫が言った。
「戸籍が新形式に変わったのは、認知届けから2年後だ。それ以降に、誰がわざわざ旧い戸籍謄本なんて取り寄せる? 認知の記録なんて気付きようがないじゃないか」
そりゃ確かに無理もないと、由紀夫が頷く。
「いずれにしても、ゆゆしき事態だ。あの世に行く前に気付いたのが、せめてもの救いだな」
何を縁起でもないことをと、和馬が眉をしかめる。
「で? どうする」
「お前に頼むしかないだろう」
だよな、と頷きながら、由紀夫は認知の記録のある旧い方の謄本を手に取った。
「ひとまずは本間智恵子と祐樹親子の素性を調べて、事のいきさつを探っていくしかないな。とりあえず、うちの絵莉に動いてもらうか。絵莉は家事事件が専門だから、親族関係の調査ならまあお手のもんだ」
由紀夫は、数年前に島津法律事務所の代表の座を譲った娘の名前を言った。
「ああ、絵莉ちゃんか。うん、あの頑張り屋さんが手伝ってくれるなら心強い」
絵莉のことは赤ん坊の頃から知っている。和馬にとっても我が娘のような存在だ。
「まあ15年以上も前の話だ。今さら一刻を争うこともないんだろうが、俺ももう八十だしな。万が一の事を考えたら、あんまりのんびりもしてられない」
「まあ、そりゃお互い様だが、お前みたいにとんでもない資産がないだけこっちは気楽なもんだ」
「由紀夫‥‥」
和馬の声が、ちょっと改まった。
「今回、わざわざ新旧の戸籍を取り寄せることになった件なんだが‥‥」
「百合香さんか‥‥」
和馬が無言で頷く。

今は亡き長男駿介の嫁、百合香。先代当主登史郎のさらに先代の時代、大正末期に丹羽本家からわかれた分家筋の娘だという。当初は学生アルバイト、女子大を卒業した後はそのまま正式に和馬の秘書として丹羽地所に採用されていた。切れ長の目とつややかな黒髪が印象的なお嬢さん然とした雰囲気だが、その仕事ぶりはてきぱきとして気が利いているし、ここぞという時の判断も的確だった。しかも、折に触れて微妙な心配りを欠かさない。和馬の目には、その若く有能な秘書が、年齢的にも丹羽一族の縁戚という点でも本家長男の嫁としてうってつけの存在に映った。
百合香の入社に遅れること2年、駿介は勤めていた保険会社を退職し、父和馬の後継含みで丹羽地所に迎えられた。和馬は、妻の淑子と示し合わせて、それとなく百合香に探りを入れてみたり二人が顔を合わせる場を設定したりなどと小細工を弄したりもした。しかし、案ずるより産むが易し、和馬のその目論見はあっけなく実を結ぶ。父親よりも当の息子の方が、みめ麗しいこの遠縁の娘に強く惹かれていたのだ。
それからは一瀉千里、縁談はとんとん拍子に進んだ。そして、華燭の宴からほどなくして若夫婦は男の子を授かり、さらに数年後、百合香は二人目を宿した。何もかも順風満帆だった。そう、あの夜までは。
悲惨な事故で最愛の夫とまだ幼い長男を同時に亡くした妻と、一人息子と初孫を同時に亡くした父。どちらの傷がより深かったのだろう。
‥‥何を埒もないことを。
由紀夫は、時折浮かんでくるそんな考えをいつもそそくさと打ち消す。だが、いずれにしても、和馬と嫁の百合香の間に、同じ修羅をくぐってきた戦友とでも言うべき運命的な絆が生まれたのは確かだった。

由紀夫は、和馬の長男と孫が事故死したあの夜のことをよく覚えている。
八月初旬の金曜日、もう日付が変わろうかという時刻。ベッドに入ったばかりの由紀夫の携帯に、丹羽家に祖母の代から住み込んでいる老家政婦から連絡が入った。駿介様とお坊ちゃまが高速道路で大事故に遭って、八王子の救急病院に運ばれました。旦那様は、取るものもとりあえず現地に向かっておられます。
予断を許さない状況だという切羽詰まった声を聞いて跳ね起きた由紀夫は、急ぎ八王子に向かった。中央道は府中インターから先が通行止めになっていて、甲州街道を使うしかなかった。
何だかすごい事故があったらしいですよ。のんびりした口調で話すタクシーの運転手の声をぼおっとした頭で聞いていた。
由紀夫にとって、駿介は幼い頃から家族ぐるみで付き合っていた仲良しの駿くんだ。長女の茉莉とは同い年、次女の絵莉は六つほど下ということになる。茉莉がまだ幼い頃、駿くんのお嫁さんになるかとからかう度にひどく怒って口を尖らせていたっけ。
でも、子どもは親の思惑通りには育たない。茉莉は大学時代にイギリスに留学、当時急激に脚光を浴びるようになったNPOだか何だかにのめり込んで、そのまま現地に居ついて今も多忙な日々を送っている。
もっとも、次女の絵莉の方は、由紀夫が尻を叩いたわけでもないのにロースクールから弁護士の道に進んだ。大手法律事務所でアソシエイトと呼ばれる補佐弁護士を10年ほど続けてキャリアを積んだ後、同僚と結婚してあっさり退職。その後長女を出産したが、育児が一段落したのを機に弁護士に復帰し、父親の個人事務所に所属することになった。今では、代表の座も譲り、丹羽地所を始めとする昔からのクライアントの仕事を除いてほとんどの業務はこの次女に任せている。復帰後は旧姓で仕事をする積りでいた絵莉にとっても、島津法律事務所の代表という立場はまさにうってつけだった。
結局、茉莉の方は駿くんのお嫁さんになるどころか、40を過ぎたというのに遠い異国で今も一人暮らし。でも、元気でやってるだけまだ幸せか‥‥。
タクシーのシートに身を沈めてそんなことを漠然と思いつつ、駿くんはもう駄目なんだろうという予感があった。

病院の地下の安置所で、和馬が立ち尽くしていた。真っ白なシーツに覆われた大きなかたまりと小さなかたまり、二つのベッドが並んでいた。そっと肩に手を置いた由紀夫の方をゆっくりと振り返って、和馬は夜中にすまんなと言いながらなぜか小さく微笑んだ。あまりのできごとに、事態が理解できていないのか? 戸惑いながらそんなことを思った。
部屋の隅の椅子に若い女性が座り込んでいた。顔を両手で覆って、無言のまま小刻みにしゃくりあげていた。夫と我が子を同時に喪った女性に掛ける言葉などあろうはずもなかった。
白い布をまくり上げようとしたが、お顔の方はちょっと‥‥、という看護師の言葉に頷くしかなかった。よほど損傷が激しいのだろうか。隣に並んだ小さな遺体に目をやる。こちらの傷の程度は分からないが、まだ幼い子の死に顔など、痛まし過ぎてとても見ようという気にはならなかった。他人の俺ですらそうなのだ。和馬は、孫の死に顔を見たのだろうか‥‥。

二人とも即死だったと、後で聞いた。駿介は、八ヶ岳の山小屋で家族と過ごすのが何よりの楽しみで、ほぼ毎週、金曜の夜には中央道を飛ばすのが常だった。
長男の泰介は、当時5歳。カブトムシを幼虫から育てるのに夢中になっていたという。駿介が山小屋の裏庭の一角に端材を使って簡単な小屋を作ってやり、泰介が朽木とオガクズを丹念に敷き詰めて数十匹の幼虫を育てていた。幼虫たちは無事に冬を越して順調に育ち、ついひと月ほど前から次々にサナギになっていた。時期的には、そろそろ羽化が始まる頃だ。お手製のあの寝床から、成虫になったカブトムシがぞろぞろと這い出してくる。ここのところ、泰介の頭の中はもうカブトムシのことで一杯だったのだという。
その週末は天気予報が思わしくない上に、百合香にはしばらく前からつわり症状が出ていた。だが、カブトムシ熱に浮かされた泰介が山小屋行きを諦めるという選択肢などあろうはずもなかった。結局、虫遊びのお付き合いはパパにお任せということで、百合香は大事を取って留守番をすることになった。
土砂降りの雨の中、やれやれとハンドルを握った夫と助手席に陣取ってはしゃぎまくるハイテンションの息子‥‥。それが、百合香が見たかけがえのない二人の最後の姿だった。悲報がもたらされたのは、それからほんの1時間足らずのことだったという。
その日から、和馬は会社に顔を出していない。茫然自失のまま自宅に引きこもり、外出することすらままならぬ日々が延々と続いた。
丹羽地所は、不動産の管理や仲介という事業の性格がら、普段営判断が問われるような場面はほとんどない。しかも、その頃はもう、社長の和馬は対外的な交渉や地元財界活動に専念しており、実質的に丹羽地所の業務を切り盛りしていたのは和馬の従兄弟で専務の丹羽伊佐緒だった。伊佐緒は、勝手の分かった番頭格の重鎮として経営全般に目を光らせていた。おかげで、社長がしばらく不在でも丹羽地所の業務に大きな支障はなかったようだ。
和馬の妻淑子は、既に2年前に世を去っていた。食事や身の回りの世話は、住み込みの家政婦夫婦のおかげで心配なかったが、かけがえのない存在を理不尽に奪われた親友の悲嘆たるやいかばかりか。由紀夫は、自分の存在など何の役にも立たないことは百も承知で、折を見ては引きこもり状態の和馬を訪ねている。

丹羽本家は周囲を圧する威容を誇っている。広大な敷地は高い土塀に囲まれ、南側正面の長屋門を抜けると明治期の姿をそのまま留める数寄屋普請の風格ある母屋が目の前に姿を現わす。一尺角の大黒柱と檜の巨木を使った豪快な太梁の下には、黒漆塗りの床の間、欄間の透かし彫りや襖絵など、築当時は辺鄙な片田舎に過ぎなかった土地柄には不似合いなほど贅を凝らした造りとなっている。ただ、玄関から続く漆黒のたたきと、そこにしつらえられた朴訥な土間囲炉裏は風雅な趣きからは一線を画し、土地柄に相応しいかつての豪農の面影をしのばせる。
その母屋を中心に、東側には二棟の離れ座敷が屋根付きの渡り廊下でつながり、北西側には数棟の土蔵が放射状に取り囲んでいる。
戦後しばらくは、下働きの男女が何人も住み込みで仕えていたが、和馬の代になって徐々に人数を減らしてきた。平成に入って先代の登史郎が亡くなり、長男の駿介が結婚して家を出て以降は、住み込みの老夫婦のほか数人の通いの使用人が残っているに過ぎない。

幼い頃、悪ガキどもが毎日のように集まって遊んだこの豪邸を、何十年も経ってからこんな思いで訪れることになろうとは‥‥。
豪壮な母屋を見上げながら、由紀夫はしばしそんなことを思っていた。
丹羽家の応接間は、障子を開け放つと縁側越しに手入れの行き届いた広い和風庭園が広がっている。正面奥に見事な枝ぶりの木々と苔むした庭石が配された築山が悠然とたたずみ、そこから湧き出した水が手前の池に滝となって注いぐ。京都の古刹にでもいるのかと錯覚してしまいそうな風情である。
二人は、この庭を眺めながら縁側に並べられた藤のリクライニングチェアに座るのが常であった。サイドテーブルには、いつも抹茶とともに地元の銘菓が用意されている。
調子はどうだ。
ああ、まあまあだ。
交わす言葉は、いつもそんなものだった。かつては政治や世相から下世話な事件やゴシップに至るまで話が尽きない二人だったが、会話はすぐに途切れてしまう。間が持たないというのではない。ただ、静謐な時間が流れるのみだった。
和馬にとって、このお節介な男の来訪は迷惑なものではない。淀んで静まり返った池に時おり小石が投げ込まれるような、ささやかな刺激になっていた。由紀夫にもそれが分かっている。庭を眺めながら静かに抹茶を頂く。腑抜けのような有様の親友にとって、それがわずかばかりでも癒しの時間になってくれればいい‥‥。
由紀夫は、一度だけ和馬が独りごちるようにつぶやいた言葉を憶えている。
  天網恢恢なんて言うけど、天の采配もこの世の隅々までは行き届かないもんなんだな。不条理ってのは、そういうことだ。それでも、嫁とお腹の子だけでも遺してくれたのは、まだしもの天の思し召しだったんだろうか‥‥。

夫と息子を奪われた嫁の方も不条理に打ちのめされていた。もし、私がついていれば。あの時、無理をしてでも一緒に出掛けていたら、あんな事故に遭わずにすんだのではないか。丹羽百合香は、事故の後、実家に引きこもってずっとそのことばかりを考えていた。
とはいえ、そんな母親の思いなどとんと知らぬ気に、駿介の忘れ形見はお腹の中ですくすくと育っていた。外出といえば、定期的に産科に通って検診を受けるだけ。そんな日々が続いた。実家の両親は、残されたお腹の子だけを唯一の心の支えに耐え忍ぶ娘の姿をじっと見守るしかなかった。
そして。
悪夢のような年が去り、喪に服したままのしめやかな新年が過ぎて間もなく。百合香は、駿介の忘れ形見となる男児を無事に出産する。
駿介と泰介を喪って半年余り。薄氷を踏むような日々だった。百合香も和馬も、ただただこの日が来ることだけを励みに何とか命をつないできたと言っても過言ではない。どんな不条理も起こり得るのだということを身を以って知った二人からすれば、妊娠すれば出産するのが当然などという心境になることはついぞなかった。だからこそ、こうして無事に出産したことの喜びはただごとではなかった。二人だけではない。丹羽一族の人々や丹羽地所の関係者の誰もが、この子の誕生を遠くから息詰まる思いで見守っていたのだった。
かけがえのない二つの存在が世を去り、入れ替わるようにかけがえのない存在が新たに一つ、この世に生を受けた。過酷な運命に激しく翻弄された和馬と百合香を絶望の淵から救い出してくれたその仔は、生前もしも男の子ならと駿介がこだわっていた通り、恭介と名付けられることになる。

由紀夫は、出産の報を聞くと同時に、駿くんの忘れ形見を見せろという名目で病院に駆け付けた。その実、主目的は、和馬の様子を見ることだった。何しろ、この男が丹羽地所の経営を放り出して間もなく半年になる。ひょっとすると、孫の誕生がこの腑抜け男に活を入れてくれるきっかけにならないものか‥‥。
由紀夫の淡い期待は裏切られなかった。まだやつれきってはいたものの、和馬の表情には確実に精気が蘇っていた。
「そろそろ復帰しなきゃな」
病院の中庭を肩を並べて散歩しながら、和馬がぽつりと言った。丹羽家の当主として、そして数十人の社員を預かる会社のオーナー経営者として、いつまでも我がままを押し通すわけにはいかない。それが、真っ暗闇をさまよった末、ようやく一筋の光明を見出した和馬の境地だったのだろう。
「ああ、そろそろな。何とか丹羽直系の血筋がつながったとはいえ、まだ生まれたばかりだもんなあ。駿くんを飛ばして孫の世代に引き継ぐわけだから。老骨に鞭打って会社を盛り上げて行しかないだろ」
和馬は、復帰に合わせて百合香に声を掛けている。一度は生きる拠り所を失った自分が、果たして重い責任を背負ってやって行けるかどうか。お互い、決して癒えることのない傷を持った者同士、何とかサポートしてもらえないだろうか‥‥。
百合香は、駿介と結婚するまで長く社長秘書を勤めていた。和馬が息子の嫁として白羽の矢を立てたのは、丹羽家の遠い縁戚であることもさることながら、ビジネス面での判断力や手際の良さに一目置いていたからだった。確かに実家はそこそこ裕福だし、駿介が遺した遺産があるから経済的には何の不自由もあるまい。しかし、今や唯一無二の跡継ぎである大事な孫の生育や情操を考えても、百合香を半引きこもり状態のままにしておくわけには行かない。引きこもりのストレスがどれほど精神を蝕むものなのか、同病を患った和馬だからこその思いやりだった。
こうして、駿介の忘れ形見が一歳を迎えたのをきっかけに、先ずは時短で慣らし運転をしながらという条件で百合香は社長秘書に復帰することになった。

丹羽地所の業務が平常に戻ってしばらく経った頃。折り入って、という前置きとともに和馬はよき法律アドバイザーである旧友に、ある相談を持ち掛けている。それは、長男亡きあとの丹羽家の行く末についてのプランだった。
「実は、百合香を養女にしようと思ってる」
由紀夫は、思わず、ええっと問い返しうーんと腕を組んだ。和馬がそんな構想を抱いていることなど、それまで想像すらしていなかった。
「俺もそろそろ八十の坂が見えてきた。なのに、孫はまだやっとヨチヨチ歩きだ。跡継ぎの駿介を亡くして直系の相続人は乳飲み子一人。今後丹羽家をどう継承していくのか、当主として本気で考えなきゃならん時期だ。考えてもみろ。今、もしも俺に万一のことがあったら、丹羽家はどうなる?」
確かに、丹羽一族は莫大な資産を持つとはいえ、これまでお家騒動とは無縁だった。それは、登史郎、和馬と二代に渡ってカリスマ的な権威を持つ指導者が続いたからに他ならない。しかし、次の代となると‥‥。唯一の跡継ぎは、まだ学齢期にすら達していない。
「遠からず、俺は死ぬか使い物にならなくなる。その時点から、幼い恭介がひとかどの存在になるまでには相当な年月がかかるだろう。その間、丹羽家を率いるワンポイントリリーフとして、百合香を考えているんだ」
和馬にとっては、直系の孫である恭介が将来つつがなく丹羽家を継ぐ道筋を固めることが最大の課題だった。少なくとも、幼い孫が一人前になるまでの間、丹羽家と会社を一任できるいわば摂政役となる人物が不可欠だ。そんな視点で周りを見回した時、百合香という存在が浮かび上がってきたのは必然だったとも言える。
女とは言え、亡き一人息子の嫁であり、かつ将来丹羽家を背負って立つ孫の実の母。しかも、傍系とはいえ、れっきとした丹羽家の血縁でもある。百合香こそ、まさにうってつけの存在だった。秘書としての誠実で手堅い仕事ぶりと、ここぞという時の判断の的確さを和馬は幾度となく見てきている。丹羽地所の古参の社員達の信頼も厚い。百合香ならば、十分に丹羽家と会社を引継ぎ守ってくれるのではないだろうか。
「なるほど。確かにそれはありかも知れんな。とはいえ、大雑把に見て20年か。ワンポイントリリーフと言うにはえらく長いな」
「だからこそ養女にするんだ」
無論、敢えて養子縁組などしなくても、百合香を丹羽地所の後継者として指名し、それなりの株式を遺しておけばことは足りるはずだ。和馬と百合香を襲った悲劇を知る社内外の者たちが、その判断に表立って異議を唱えることもないだろう。だが、それはあくまで建前上のお話。
「俺がいなくなった後、幼い恭介を抱えた百合香が、丹羽家を切り盛りしながら女経営者としてどれだけの求心力を保てるか。信頼感とか忠誠心ってやつは、株式の過半を握っているだけで育まれるもんじゃない。経営能力云々の問題でもない。そもそも、切った張ったがまかり通るような業界だ。取引先には、しょせん女だと軽く見る輩もいるだろう。バックアップできるとすれば専務の伊佐緒しかいないが、いかんせんもう70近い」
いつも冷静な和馬にしては珍しく口角泡の勢いだった。
「つまり、一寸先は闇。女の身で、丹羽本家と丹羽地所を両肩に背負っていく重圧は想像を絶するものがある」
その重荷をずっと背負ってきた者の言葉には強い説得力があった。
「だからこそ、この先20年を見据えて万全の態勢を取っておかねばならんのだ。後顧の憂いを断つにはどうすべきか」
和馬が由紀夫を見据える。だが、由紀夫には和馬の言わんとするところがまだ見えていない。
「百合香に、権威の衣をまとわせるんだ」
権威の衣‥‥。由紀夫はその言葉を反芻する。
「養子縁組とは、とりもなおさず実子と同等の身分を獲得することだ。つまり、駿介亡き後、俺にとっては百合香がたった一人の子ということになる。それは、俺の後継者、すなわち丹羽家当主の座を継ぐ正統な存在になるということに他ならない」
養女にすることすなわち、丹羽家の次の代の当主であることを高らかに宣言すること。和馬の意図はそこにあったのか‥‥。
由紀夫が頷くのを見て、和馬の言葉がさらに熱を帯びる。
「しかも百合香は、丹羽本家直系の孫の母親でもある。次の次の代の当主として、れっきとした丹羽家の男系男子が控えているんだ。そんな百合香に、親戚筋であろうが会社関係者であろうが、一体誰が楯突くことができる? 丹羽地所のオーナー経営者であることよりも何よりも、丹羽家の正統な後継者であることが権威の源泉になる」
これが、長く丹羽家を統率してきた男ならではの結論か‥‥。由紀夫は、もう一度深々と頷くしかなかった。
「法的に言えば、相続権は長男の子である恭介と養女の百合香が二分の一ずつ持つことになる。だが、金銭的物質的な問題じゃないってことなんだな。事の本質は、丹羽家の当主という誰もがひれ伏す威光にありってことか」
「お前の皮肉は沢山だが、まあ当たらずと言えども、ってとこかな。そして、百合香が俺から引き継いだ当主の地位と財産は、いずれ発生する次の相続でさらに恭介へと受け継がれる」
そうだろ? 和馬が法律家の親友に問い掛ける。
ああ、確かにその通りだ、と応えながら法律家は思う。
戦前までの旧民法は、一人の跡継ぎが家のあらゆる財産とともに有形無形の権威を受け継ぐ『家督相続』を規定していた。この男は、二代に渡る長期的視野のもと、令和の時代にそれを蘇らせようと目論んだか。
そしてさらに、そこに至った親友の心境に思いを馳せる。
この男は、あのだだっ広い豪邸に引きこもって絶望の淵をさまよいながら、嫡男を喪った丹羽家の行く末に懸命に思いを巡らせていたのだろうか。己れの惰弱を叱咤して、父祖伝来の土地財産と敬愛する父がはぐくみ育てた会社を将来に渡って守り抜くことこそが使命なのだと、繰り返し自らに言い聞かせながら。
息子の嫁であり遠い親戚筋でもある百合香を養女にするという判断は、考えに考えた末の苦肉の策だったことは想像に難くなかった。人に欲がある限り、世の中からお家騒動や権力闘争が無くなることはない。自分という絶大な権威が去った後のエアポケットをいかにして埋めてリスクの種を取り除くのか。名だたる旧家の重みと莫大な財産を受け継ぎ差配してきた当主には、やはり俺のような庶民には思いもつかない深謀遠慮が備わっているんだろう。由紀夫には、この男の判断に異議を唱えるいわれはなかった。

そして今、新宿の高層ホテルの会員制クラブで、急遽呼び出された由紀夫が和馬と向かい合っている。 
「俺にはもう残された時間は少ない。百合香との養子縁組プランを実行に移すために、先ずは自分と百合香の戸籍謄本を確認しとこうと市役所に出掛けたってわけだ。事が事だけに、こればかりは秘書に頼むわけにもいかないからな」
「なるほど。でも、自分で行ったおかげで、認知なんて記載が誰の目にも触れずに済んだわけだ」
和馬は、この日の午後、市役所の戸籍係に足を運んだ時のことを思い出している。父親であれば息子の戸籍を申請できることを確認の上、まず亡くなった長男駿介の謄本を受け取った。
通常、戸籍の筆頭者である夫が亡くなっても妻や子はその戸籍に残る。従って、百合香も息子の恭介も駿介の戸籍のままである。和馬は、亡くなった駿介の戸籍の記載内容を順に目で追っていった。
駿介は、平成20年に百合香と結婚して新戸籍を作っている。そして、間もなくそこに長男の泰介が加わる。しかし、駿介の欄にも泰介の欄にも、同日同時間に死亡したとの記録とともに『除籍』の印が押されていた。さらに、それから半年余り後、長男泰介の下に次男の恭介の名前が加わっている。その記載を時系列で追うだけで、駿介一家を襲った苛烈な運命がありありと読み取れる。思わずこみ上げてくるものを感じて、和馬は急いで謄本をバッグにしまった。
次に自分自身の戸籍謄本を申請する段になって、駿介が結婚する少し前に戸籍がコンピューター化されて新しくなったという話を聞かされた。ならば念のためにと、新旧両方の謄本を発行してもらうことにしたのだった。そのおかげで、和馬はわが目を疑う事態に遭遇することになったのである。
「まったく寝耳に水だったよ。あの時は、旧戸籍を何度見返しても事態がまったく呑み込めなかった。俺がどこかの女をはらませて、生まれた子を認知したとしか解釈できない。でも、他ならぬこの俺にそんな覚えはまったくないんだから」
由紀夫が和馬の方を窺うように見る。
「何て言ったっけ、ほら、荻窪の‥‥」
「大石春奈」
「そうそう、あの細身のピアノの先生」
「駿介が丹羽地所に入社することが決まった段階できれいさっぱり手を切ってる。確か、平成14年の秋だったかな。この認知の届け出の2年も前のことだ」
「でも、届け出は出産直後とは限らんぞ。お前と別れてから秘かに出産して、何らかの方法で認知届を出したとか‥‥」
「なら、春奈自身の子にしなきゃ意味がないだろ。本間智恵子なんて得体の知れない人間の名前を使う理由がない。そんな与太話はもう沢山だ」
珍しく苛立った口調だった。もとより、由紀夫も本気でそんな突飛なことを考えているわけではない。からかうのもほどほどにしておくか。
「誰かの陰謀だとでも?」
「さあな。見当もつかんよ」
「しかし、認知した時点でその子はお前の相続人になる。お前の膨大な財産を考えれば、よからぬことを企む奴かいたとしてもおかしくはない。何か心当たりはないのか」
さじを投げたように首を横に振ってから、和馬がふと中空に目を転じた。
「相続か‥‥」
その口から、ぽつりと言葉が漏れた。
「一人息子を亡くしたってのに、俺は性懲りもなく丹羽家ためと称して血道を上げている。ここんとこ、よく考えるんだ。何の因果でこんな家に生まれてきたのかって」
「何を言い出すのかと思えば‥‥」
「実はな、由紀夫」
和馬が大きく息をついた。
「丹羽家の行く末を考えると、嫌でも兄貴のことが思い浮かぶんだ。何たって、兄貴は先代の長男だ。本来であれば、丹羽家は兄貴が継いでしかるべきだったんだからなあ」
和馬とは三つ違い、十代半ばにしてミュージシャンを目指して丹羽家を飛び出た兄、英世。
由紀夫は、親友の兄とはそれなりの縁がある。幼い頃、丹羽兄弟と遊び仲間だったことはまあご愛敬だが、丹羽家と丹羽地所の顧問弁護士を兼ねるようになってからは、離婚や相続など、英世の人生の転機にも何度か関わってきた。いや、関わってきたとは当たり障りのない言い方、実のところ尻ぬぐいといった方がよほど実情に近い。音楽業界での立ち位置までは与り知らないが、漏れ聞こえてくる英世の評判は決して芳しいものではなかった。
中でも英世が引き起こした最大の不祥事が、父親から相続した莫大な遺産をカジノ賭博で使い果たして、最終的に自己破産の道を選ばざるを得なくなった事件だった。由紀夫は、和馬からのたっての依頼を受けてその後始末に駆けずり回ることになる。
通常の破産手続きの範囲、すべての財産を洗い出してその処分に奔走したり、債権者集会で怒号が浴びるぐらいは慣れたものだったが、問題は借金の大半を占めるマカオのカジノとホテルへの対処だった。さすがのベテラン弁護士にとっても、海外の百戦錬磨の債権者との交渉ばかりは何から何まで初めての経験だった。結局、1年近くにわたって、わき目も振らずこの事件にかかりきりという憂き目に遭ったのである。
ほぼ一文無しになった英世は、その後、丹羽地所に常務取締役の席を用意してもらう事になる。英世自身はあまり乗り気ではなかったが、他ならぬ実兄がこれ以上の醜態をさらすことは断固阻止するという和馬の強い決意にはさすがに抗えなかった。もっとも、オフィスで常務の姿を見ることはほとんどなかったらしいが。
その数年後、英世は末期がんの宣告を受け、あれよあれよという間に世を去ることになる。傍若無人でやりたい放題の人生だったと誰もが陰口を叩いたが、由紀夫にはとてもそんな風には思えなかった。葬儀の席で、由紀夫と和馬は故人の思い出を語らっている。
「英世さんには随分振り回されたけど、あの人のことを憎もうって気にはどうしてもなれないんだよな。ガキの頃からの付き合いだが、根っから人が良くて思いやりのある人だった」
「ああ。放蕩が過ぎたから偏見を持たれてもしょうがないが、心根の優しいところがあったな。それにしたって、いくら音楽の道を反対されたからって、何も家をおん出なくてもなあ。兄貴、親父のこと大好きだったくせに」」
和馬が、幼い頃に思いを馳せるように言った。
「どこで道を踏み外しちまったのやら。その気になりさえすりゃ、いくらでもやり直すことができたのに」
  やり直す? 
由紀夫は、心の中で問い返した。
  和馬。お前は、まだそんな絵空事を信じてるのか。父の登史郎という存在がいる限り、そんなことは望むべくもなかったというのに。
父と兄の間の確執がいかに根深いものだったのかを、和馬はおそらく知らない。それは、たまさか由紀夫だけが知り得たことだった。

そして、前触れもなく和馬の身に認知問題が降りかかって来たのは、英世の死から十数年の後のことになる。
「英世さん。長男とはいえ、丹羽家を継ごうなんて気持ちはさらさらなかったんだろ。おまけに、先代の顔に泥を塗るようなことを繰り返してきたんだから」
「ああ、それはよおく分かってる。長男を差し置いて俺が丹羽家を継ぐことになったのは、まあ宿命みたいなもんだ。ただ、正直、兄貴に対して後ろめたい思いがなかったかと言われると、な。やっぱり兄は兄だからなあ」
由紀夫は、ちょっと意外な思いで和馬を見た。堂々たる指導力を発揮してきたこの男にも、そんな機微な感情があったのか。
「ま、それはさておき、目下の懸案はこの認知届だ」
和馬が、雑念を振り払うように言った。
「ああ。はっきり言ってかなり深刻な事態だ。もしもだよ。もしも誰かが、お前の財産を狙って嘘の認知届を出したんだとすれば、お前の家庭の内情がある程度分かってる人間の可能性が高い。これを見ると‥‥」
由紀夫が、目の前に並べた二枚の戸籍謄本をもう一度見直す。
「認知届は15年前だ。その時点では淑子さんも元気だったし、駿介君だってまだ結婚前だ。仮に誰かが陰謀を企てたんだとしても、数年後に駿くんが非業の死を遂げるなんて先々のことまで見通せてたはずがない」
和馬が頷く。
「お前が死んだ時点で、満を持してここにもう一人の相続人がいますと名乗り出るハラだったか。仮に名乗り出なかったとしても、遺産分割手続きですべての戸籍を集めて、もし隠し子がいたことが分かったらその人物に連絡を取らないわけにはいかない。隠し子を無視して相続手続きしても、すべて無効になるからな。その時点でお前はもうこの世にはいないから、関係者の誰一人、認知の事実を否定する材料なんか持ち合わせていない。和馬社長ってこんなウラの顔があったんだって、お前の評判も丸つぶれになるところだったかもな」
そのあたりは和馬も先刻想定済みだった。この口の減らない男に相談を持ち掛けたのはそのためだ。
「本当にお前にまったく心当たりがないんなら‥‥」
まだ言うか、とばかりに睨みつける和馬を横目に、由紀夫が続ける。
「時期と言い目のつけどころと言い、なかなか見事な計画というしかないな。でも、こうやってたまたま気付くことができたのも何かの巡り会わせだろう。誰の企みかは分からんが、何としてでも真相を解明しなきゃな。お前ももういい齢だ。いつ何があってもおかしくない。明日にでも絵莉に事の次第を説明して、とり急ぎ打開策を考えてみるよ」
あんまりみっともいい話じゃないけどな、と和馬が苦笑いで頷いた。

act.3

「おはよう」
「どこが早いの。今、何時だと思って」
週に二三回、のんびりお昼前に出勤してくる由紀夫と絵莉とのお決まりのやり取りだ。
「おはようございます」
続いて、入口の脇のデスクから竹原麻乃のいつに変わらぬ元気な声が聞こえた。島津由紀夫が市ヶ谷に法律事務所を立ち上げた当初から、秘書および事務経理その他雑用一切を担ってくれている好奇心旺盛で気さくなおばさんだ。とうに60を過ぎているが、訴訟や調停の手続きはもちろん、門前の小僧よろしく法律知識も一通り身に着けている。ああ見えて機転も利くし、作業は早くて正確。実質事務所を切り盛りしているのは彼女だと言ってもいい。
元代表で、今は顧問という肩書きの由紀夫は東京西郊の自宅から、現代表である娘の絵莉は湾岸の豊洲にあるタワーマンションから通っている。所属弁護士は親子二人だけ、それに古参秘書の麻乃を加えた典型的なマチ弁だ。もっとも、元代表の方は週休四日以上を決め込んでいるようだから、実質戦力は1.5人未満といったところか。ありがちなことだが、弁護士二人はともに事務処理能力に難があるだけに、麻乃なくしては事務所は立ち行かない。
由紀夫が代表だった頃は、刑事民事の別なく、来る者は拒まずをモットーにしゃかりきに仕事を引き受けていたが、絵莉の時代になってからは、離婚や遺産分割など主に家事事件関係が専門となっている。
「絵莉、ちょっといいか」
由紀夫は、奥のデスクの絵莉に声を掛けた。いつになく真剣な表情の父の様子を見て、絵莉がパソコンを閉じた。弁護士親子が、ソファで向かい合う。
「へーえ。あの和馬おじさんがねえ」
かいつまんで経緯を聞いた絵莉が嘆息を漏らした。
幼い頃、丹羽家に遊びに行くたびに大歓迎してくれたあの和馬おじさんに緊急事態発生か‥‥。事が事だけに、好奇の念がむくむくと湧き上がるのも無理はなかった。
一方で、絵莉にとって和馬は、単なる父親の親友というだけではない。いつもりゅうとして隙なくスーツを着こなした身なりと言い堂々とした物腰と言い、頼りがいのあるおじさま像そのものなのだ。今やすっかり髪が薄くなってしまったが、そのせいもあって、映画の配信サイトでファンになったショーン・コネリーに何となくイメージが重なる。
「でも、本人にはまったく心当たりがないそうだ」
親友の名誉をなおざりにするわけではないが、断定ではなく伝聞口調になるのは弁護士の習い性である。
由紀夫が、問題の新旧2枚の戸籍謄本をテーブルに並べる。
「和馬は、この認知は断じて自分が届け出たものじゃない。だから、何としてでも取り消して欲しいって言うんだが‥‥。どう思う?」
「認知は、一度届け出たら取消しできないことになってるんだけど、実際のところ、血縁がなかったとか詐欺強迫による違法なものだとかの場合は無効の主張ができるんだよね。和馬おじさんの場合も、本人が知らないところで誰かが勝手に嘘の届け出をしたということが立証できさえすれば、認知無効が認められる可能性は十分あるよ」
「でも、その立証責任は無効を主張する側、つまり和馬だよな」
「そう。だから、まず、認知届を出したのが自分じゃないことを立証しなきゃ。でも、15年以上前の届け出の無効を証明するとなると、結構大変かも」
絵莉が小さくため息をつく。
「でも、やるしかない。もしも、今、和馬に万一のことでもあってみろ。丹羽家の莫大な財産の半分が、どこの馬の骨とも分からない人間のものになっちまう」
百合香を養女にするという和馬の計画はさておき、現段階では和馬の相続人は孫の恭介ただ一人なのだ。
「馬の骨ってことないでしょ。だって、和馬おじさんの実のお子さんなんだもん」
いたずらっぽく笑う絵莉に、由紀夫が苦笑しながら頷く。
「ああ、その通り。今のところ、それを否定する材料がまったくない。だから、大至急、対処しなきゃならん。百合香さんのことは知ってるよな」
由紀夫は、和馬が百合香を養女にして、孫の恭介が一人前になるまで丹羽家の後事一切を託す決意を固めていることを伝える。
「よくよく考えた末のことらしい。遠い縁戚だっていうし、長男の嫁さんならこっちは馬の骨ということにはならんからな。その手続きに取り掛かろうと思って戸籍謄本を取ってびっくり、まさに青天の霹靂ってヤツだ」
「ふーん、そうなんだ。和馬おじさんに限って作り話ってことはないと思うけど、知らないうちに自分の戸籍に虚偽の記載がされてるなんて聞いたこともないわ。ほんと、油断も隙もあったもんじゃないわよねえ」
父と娘が軽くため息をつく。
「絵莉は家事事件が専門だから、認知だの養子縁組だの身分関係はお手のものだよな」
まあね‥‥。絵莉が頷く。他ならぬ和馬おじさんが得体の知れないトラブルに巻き込まれているとあっては、父さんに頼まれなくったって、ここは私の出番だわ。
「いいわよ。父さんが老骨に鞭打っても、あんまり役に立ちそうもないしね」
「まあ、この方面は専門外だからな。そうとなったら、すぐにでも取り掛かってくれるか。危機に瀕した大富豪の依頼だ。報酬は弾んでくれるぞ」
軽口を叩きながら、由紀夫がデスクの受話器を取った。
「そうと決まったら、まずは和馬に連絡しとこう」
由紀夫は、今回の案件を実質的に絵莉に任せることをかいつまんで伝えてから電話を代わった。
「和馬おじさん。ふつつかながら、力の限りお手伝いさせて頂きます」
「まさか、こんなことで絵莉ちゃんにお世話になろうとは思わなかったよ。何ともみっともない話だが、どうかよろしく頼む」
「だって身に覚えはないんでしょ。みっともないなんてこと全然ないよ。父から全力を尽くすように厳命されてますし、他ならぬ和馬おじさんの一大事だもん、気合い入れてやらせてもらいます」

さて、何から手を付けようか‥‥。
顧問の由紀夫が例の通り早々と帰宅した後、絵莉は自分なりの方針を固めることにした。グーグルカレンダーを開いて、明日からのスケジュールを確認する。それなりの数の案件を扱ってはいるが、日中まったく身動きが取れないというわけではない。明日は午前中、東京家裁で離婚調停。午後は空いている。
とにかく、和馬が認知したことになっている本間祐樹のことを調べるのが先決だろう。彼の年齢も職業も現住所も、その人物像は今のところ何一つ分かっていないのだ。とりあえずの手掛かりは、祐樹の母親であろうと思われる本間智恵子ということになる。
通常、隠し子の消息を辿るのはさほど難しい事ではない。遺産分割の際、もしも故人にかつて認知した子がいれば、必ずその人物を探し当てて相続人に加えなければならない。認知した限りは、隠し子も法的にはれっきとした実子なのだ。ほんの数年前までは夫婦間で生まれた子との間に格差があったが、民法が改正されて今はまったく同じ相続権を持っている。いずれにしても、隠し子も参加しなければ遺産分割そのものが成立しないのだ。絵莉もこれまでに故人が認知した子を探し出して、遺産分割協議に参加してもらったことは何度もある。
では、どうやって隠し子を探し出すのか。その方法はただ一つ。ただひたすら戸籍を辿って、その裏に隠れた事実を探っていくこと。これしかない。
和馬の旧い方の戸籍の認知の欄には、本間智恵子と祐樹の本籍地が記載されている。
『新宿区東新宿3丁目』
翌日、家裁での離婚調停を終えて絵莉は新宿区役所に向かった。

本来、戸籍謄本の発行を申請できるのは、本人と家族のみである。しかし、弁護士であれば、相続や離婚などの事案で職務上必要な場合は取得できることになっている。絵莉は家事事件が専門だけに、戸籍関係の文書の請求は手慣れたものだ。戸籍係の窓口で、さほど待つこともなく本間智恵子の戸籍謄本を受け取って、急ぎ足で区役所前のスターバックスに飛び込む。
さてと‥‥。
絵莉は、窓際のカウンター席に腰を下ろした。まずはカフェラテを口に含んでゆっくり香りを味わってから、おもむろに謄本を取り出す。
戸籍に記載されているのは、筆頭者の本間智恵子と長男の祐樹の二人だけ。やはり、智恵子と祐樹は親子らしい。智恵子は昭和49年新潟県長岡市生まれ。頭の中で素早くそろばんを弾く。
  まだ46歳‥‥。戦前生まれの和馬とは親子ほどの齢の差がある。
この戸籍が作られたのは平成9年。それ以前、智恵子は新潟の両親ではなく本間姓の男性の戸籍にいたことも記されている。
──となると。現在の戸籍に婚姻関係の記録は残っていないものの、智恵子はかつて本間という男性と結婚していた、そしておそらく平成9年に離婚した可能性が高い。
息子の祐樹は平成11年9月1日生まれとなっているから、まだ20歳。和馬から見れば、こちらは孫の世代だ。和馬の旧い方の戸籍に記載されていた通り、平成16年9月1日に認知されている。
  認知の届け出は、祐樹が5歳になった誕生日当日か。
絵莉が小さくつぶやく。祐樹の父親が丹羽和馬、母親が本間智恵子となっているのを改めて確認してから、冷めかけたカフェラテをもう一口飲んで息をついた。
20年あまり前、還暦前の金持ち爺さんが、離婚して間もない30歳以上も年下の女性をはらませた。そして、生まれた落とし子が5歳になった時、わが子として認知した。戸籍が語る事実を下世話に翻訳すればそういうことになる。
でも、丹羽和馬はその事実を真っ向から否定している。そして、依頼人の主張を立証して法的に確定する事が弁護士に課せられた使命。とはいえ、とうの昔に定まった身分関係を覆すのは並大抵の事ではない。
  いずれにしても、先ずはこの母子と連絡を取るしかないな‥‥。
絵莉は、謄本とともに発行してもらった『戸籍の附票』を開いた。附票には、戸籍とヒモ付けられた住民票の内容が記されている。
本間智恵子は、平成9年に新戸籍を作ると同時に、本籍と同じ住所で住民登録をしている。そして、それからおよそ1年余り後に川崎市多摩区稲田に住所を変更、間もなく長男祐樹が生まれて世帯に加わっている。以後20年あまり、母子二人の世帯構成は変わっていない。
絵莉は、スマホでグーグルマップを開いて川崎の住所の正確な位置を確認する。画面を指でなぞりながら、絵莉はふっと胸騒ぎを覚えた。
そして、その予感は的中する。探り当てた住所は、和馬の本拠地府中から多摩川を挟んで目と鼻の先だった。夕方、事務所に戻ってから丹羽地所の社長室に電話を入れた。電話口に出たのは、秘書の百合香だった。絵莉が名乗ると、あらご無沙汰しております、という親しげな声が聞こえた。丹羽家の嫁でもある百合香とはこれまで何度か顔を合わせている。
彼女には今回の件はすべて伝えてあるとのことだったので、単刀直入に言った。
「社長の戸籍トラブルの件、百合香さんはもうおおよそご存知なんですよね。それについて、ここまでに分かった結果をご報告しようと思いまして」
「すみません。あいにく社長は今外出中なんです。戻りましたら申し伝えますので、とりあえず、概略だけ承ってもよろしいですか?」
一瞬躊躇したが、和馬と百合香はいわば一心同体。その方が間違いなく話は早い。
ではかいつまんでと、本間親子の戸籍を確認したこと、母親の智恵子が昭和49年生れの46歳、息子の祐樹が平成11年生まれの20歳であること、そして祐樹の父親の欄には認知した丹羽和馬の名前が記載されていることを伝えた。電話の向こうで、百合香がメモを取る気配がうかがわれた。
「昭和49年生まれというと、本間智恵子さんは駿介と2つ違いなんだ」
百合香が、今は亡き夫の名前をぽつりと漏らした。舅の和馬には息子とほぼ同じ年齢の愛人がいて、孫に近い年齢の子を産ませた。少なくとも戸籍上は、それが間違いのない事実‥‥。これは、百合香にとってもただ事ではない。
あまり気が進まなかったが、絵莉は追い打ちをかけるようにもう一つの事実を伝えた。
「ちょっと驚いたんですが、この親子の現住所は川崎市多摩区で、丹羽地所からだと車でほんの10分程度の場所なんです」
それは、和馬と本間智恵子との愛人関係をうかがわせる事実でもある。
「分かりました。ご報告頂いた内容、間違いなく社長に申し伝えます」
冷静を装ってはいたが、その声にかすかな動揺が感じられた。
それでは、とりあえず本間親子の戸籍謄本と附票のスキャン画像をメールで送っておきます、と伝えて電話を切った。

  さあて、これからどうしよう?
絵莉は、息をついて考えを巡らせた。 和馬の証言とここまでに明らかになった事実を総合すれば、考えられる可能性は三つ。
その一。依頼人はウソをついている。
現実に和馬は、20年あまり前、年の離れた愛人との間に男児をもうけ、数年後に認知届を出した。しかし、今は何らかの事情があって、その逃れようのない事実を真っ向から否定している。ただ、もし万一そんなウラ事情があるのだとすれば、それを隠蔽する見事な演技はショーン・コネリーにもヒケは取らない。
でも、この仮説にはいくつかの欠陥がある。一つは、事故で長男を失った和馬にとって、今やこの子は唯一の直系の子だ。一人息子を亡くし孫がまだ幼いことを思えば、丹羽家の血筋を何よりも大切にする和馬にとって血のつながった子の存在は願ってもないことではないか。かの天皇家だって、側室制度という公然の愛人システムがあったからこそ、長く男系の血統を維持してきたぐらいなのだから。
そもそもだ。実際に身に覚えがあるのなら、わざわざ弁護士を雇って、あまりみっともいいとは言えない内容を表沙汰にして事を荒立てる必要がどこにある? いくらウソで塗り固めようが事実を覆すことなんかできやしないことぐらい、あの和馬おじさんなら十分に分かっているはずだ。
可能性その二。依頼人は忘れている。
愛人の存在や認知が事実だとして、記憶や認識能力の衰え、あるいは何らかの精神疾患のせいで、そのことを完全に忘却している。しかし、この仮説にも欠陥がある。相談を受けた父の由紀夫はそんな気配を毛ほども感じ取っていないし、和馬社長の電話での受け答えにも何一つ様子のおかしい点はなかった。精神的にまったく問題がないのに、こんな重大な件のみが記憶から完全に消え去るなんてことがあるとは思えない。
そしてその三。
依頼人はハメられた。
和馬はウソもついてないし精神状態や記憶に障害があるわけでもない。つまり、和馬に愛人がいた事実も、その子を認知した事実もなかった。そう、和馬は何者かの罠にかけられた。でも、遥か15年も昔、秘かにそんな陰謀が巡らされていたなんて、スパイ映画じゃあるまいしそんな荒唐無稽な話があるだろうか。
しかし、だ。
莫大な資産を持つ老人がいて、その実子になれば相続人の地位を得られるというのは紛れもない事実。そこに目をつけて、よからぬ事を企む人間がいる可能性がないとは言えまい。
認知当時、当の本間祐樹はまだ5歳。自分で仕組めるわけがない。とすれば、一体誰が? 母親の智恵子? 確かに、息子が億万長者になるのなら悪事を企む大きな動機にはなるかも知れない。
とはいえ、和馬との接点が一切なさそうな本間智恵子が、そんなとんでもない謀略を企てて実行するというのはいくら何でも無理がある。少なくとも、丹羽一族の事情を知る何者かがウラで糸を引いていなければ、およそこんな仮説は成立しない。
いずれにしても、今、ここで三つの可能性をためつすがめつしたところが、何の結論も出ようはずがない。確かに、事実関係だけ見れば、「その一」のウソつき説を取るしかないだろう。でも、戸籍という逃れようのない現実を目の前に突きつけられてもなお、愛人の存在や認知の事実を全否定する和馬の姿勢が揺らぐ気配はない。何しろ、問題を顕在化させたのは、他ならぬ和馬自身なのだ。
とすれば。
事実関係はさておき、依頼人の要望を実現することこそが弁護士に課せられた責務だ。ならば、三つの可能性のうち、依頼人の主張に沿ってその一と二はひとまず除外して進めるしかあるまい。つまり、愛人の存在も隠し子を認知した覚えもないという和馬社長の主張を裏付け、立証すること。それが私のミッションだろう。
具体的に考えてみよう。戸籍以外には、和馬と本間親子を関係づける証拠は何一つない。その唯一の拠り所、すなわち当時の認知届が無効なものだということを立証すればいいはずだ。到底一筋縄では行かないだろうけど、それが証明できさえすれば、和馬と本間祐樹との父子関係はただちに消滅することになる。
それにしても、戸籍といえば個人情報の最たるものだ。その届け出は、よほどのことがない限り本人が自ら窓口で行うものだろう。ましてや、認知という重要かつ機微な届けであればなおさらだ。でも、肝心の和馬はまったく身に覚えがないという。和馬が嘘をついていないことを前提とするならば、誰かが和馬になりすましたとでもいうのか。でも、一体どうやって? 
明日、もう一度新宿区役所に行ってみるか。戸籍係で事情を説明して、当時の認知届について調べてみよう。もちろん、15年も前の個別の届けのことを覚えている者がいるとは思えない。でも、ひょっとしたら届け出関係の書類が保存されているかも‥‥。

うーん。ちょっとお腹がすいたな。
絵莉は、スマホでピザの宅配を注文して書棚から六法全書と判例集を取り出した。
これまで離婚や遺産分割の仕事は山ほどこなしてきたものの、さすがに認知無効の主張なんてレアな争いに関わった経験はほとんどない。人の身分に関わる事だから、きっと厳密な事実認定手続きが規定されてるに違いない。そして、実際にこれまでどんな裁判事例があったのか。どう審理され、どんな判決が出されたのか‥‥。
あーあ、今日も残業か。
絵莉は、つぶやきながら分厚い本のページを開いた。

翌日、絵莉は再び新宿区役所の戸籍係を訪れた。聞けば、戸籍関係の届出書類は、過去27年間分は廃棄されず保存されることになっているという。丹羽和馬が本間祐樹を認知したのは平成16年。まだ、十分に保存対象範囲だ。
早速、所定の手続きを取って、和馬が届け出たことになっている15年前の認知届のコピーの発行を申請する。想定外の事態への対応能力はゼロだが、決まった手続きに従いさえすれば万事滞りなく進むのがお役所仕事というものだ。証明印の押された届出書のコピーの発行には10分もかからなかった。受け取った書類を手に、絵莉は昨日と同じスターバックスの窓際のカウンターテーブルに席を取った。
届出書には所定の書式に、届け出た日付、認知した丹羽和馬、認知された本間祐樹とその母智恵子の住所氏名などが手書き文字で書かれていた。
  窓口で届け出たのは誰‥‥? 
絵莉は固唾を飲んで届出書を目で追う。
しかし、届出書の提出者の欄は、『本人』にチェックが入っていた。つまり、誰かが代理で提出したのではなく、和馬が自分自身で届け出たことになっているのだ。
昨夜、仮定「その三」の方針で行くことを決めた。認知届はニセモノだった、すなわち何者かの陰謀説だ。もちろん、「その一」や「その二」の可能性、つまり和馬自身が怪しいという疑惑が完全にぬぐい切れたわけではないけれど、ひとまずはその前提でと動き始めた矢先だというのに。和馬が知らない間に何者かがウソの認知届を出したという裏付け探しは、15年前の届出書のコピーによってのっけから挫折である。
だが、そう簡単にあきらめるわけにはいかない。そこに何かカラクリはないのか。
絵莉は、届出書を睨みつける。届出書の手書き文字がその眼を射る。
  筆跡‥‥。手掛かりになるとすれば筆跡しかない。この届出書に書かれた文字は和馬のものではないという筆跡鑑定は可能だろうか。
しかし、と絵莉は即座にその考えを打ち消す。
残念ながら、裁判所は筆跡鑑定そのものを重視していないし、鑑定結果もあまり信用していないというのはこの世界の常識だ。仮に本人を真似て書かれているとすれば、その文字がニセモノだと断定するのは極めて困難だし、もしも誰かに代筆してもらったとでも反論された日には筆跡なんてまったく無意味になってしまう。結局、筆跡鑑定なんて、確固たる証拠を裏づける補強手段程度のものと思っておいた方がいい。
  筆跡に頼ることなく、認知届がニセモノだという証拠を探すしかない。でも、一体どうやって? 
だが、認知届の真偽もさることながら、目を逸らすわけにはいかない根本的な問題が絵莉の脳裏を離れない。
  手続きをしたのは父親本人となっている。つまり、丹羽和馬が自ら窓口で届け出たということだ。たかだか紙っぺら一枚とはいえ、これは届け出が虚偽だという主張を真っ向から否定する事実に他ならない。 
絵莉の目の前には暗雲が立ち込め、空想じみた根拠もない考えが浮かんでは消えるばかりだった。
  のんびりカフェラテを飲みながら、こんな届出用紙一枚、いくら睨みつけたってラチが明くもんじゃない。ひとまずは、報告を兼ねて和馬おじさんと会ってみようか。この届出書を突き付けたら、おじさんどんな顔をするだろう。でもなあ、おじさん、ひょっとしたらかなりの名優かも知れないからなあ‥‥。
絵莉の脳裏から、仮説その一、その二の可能性が完全に消えているわけではない。
  ついでに、届け出当時の丹羽家の人間関係とか会社の周辺状況を聞いてみようか。ひょっとしたら、そこから何かヒントが見つかるかも知れないし。
絵莉は、書類をバッグに押し込んで立ち上がった。

act.4

絵莉が丹羽地所に来るのは初めてだった。秘書の百合香の案内で社長室に入る。巨大なパノラマウィンドウを背に和馬が座っていた。
「丹羽社長、ご無沙汰してます」
一応オフィシャルな場だけに、さすがにいつものように和馬おじさんと呼ぶわけにはいかない。一方、和馬の方はそんなことには頓着せず、絵莉ちゃん、世話をかけるね、と返した。
ソファに向かい合わせに座って、絵莉がバッグから何通かの文書を取り出す。
「昨日メールでコピーをお送りしておきましたが、これが本間親子の戸籍謄本です。そしてこちらが、先ほど手に入れたばかりの15年前の認知届出書です」
和馬は、本間親子の戸籍謄本に軽く目を通した後、認知届を手に取ってしげしげと眺めた。
「知らない間に、私の名前でこんなものが届けられてたとはなあ。いやはや」
ほぼ予想通りの反応だった。他ならぬ自分が認知届を出したという動かぬ証拠を前にしても、身に覚えがないという立場が揺らぐ気配はまったくない。
「百合香さん、どうかな。これが私の筆跡だと思うかね」
和馬は、百合香も隣に同席させていた。息子の嫁として、そして遠からず養女となる秘書に全幅の信頼を寄せていることがうかがわれる。
「確かに社長のサインのように見えます。ただ、ぱっと見、ちょっと違和感がなくはないような‥‥。でも、しかとは分かりかねます」
経験上、直感的な印象というのは意外と馬鹿にならないものではあるけれど‥‥。
「少なくとも、平成16年に、役所が漏れのない認知届を受け取って戸籍に正式に記載したのはまぎれもない事実です」
絵莉が、和馬の顔を正面から見詰める。
「社長。届出書のこの部分をもう一度確認して頂きたいんですが」
絵莉は、認知届の届出人の欄を指さした。
「届出人は、父親本人となっています。つまり、誰かが代理で提出したのではなく、社長自身がご自分で届け出たことになってるんです。しかし、社長にはそんな覚えはまったくない。ということは、何者かが社長になりすまして届出書を提出したとしか考えられなくなります」
「何者かが‥‥」
和馬がつぶやいた。
「結婚だって離婚だって、本人たちの自由意思で届け出られるし、形式さえ整っていれば役所は受理します。いや、受理しなければならないんです。その点は認知も同じです。原則、父親の自由意思のみで認知はできます。母親の同意も、裁判所のお墨付きをもらう必要も一切ありません」
和馬が押し黙る。様々な想念が脳裏を駆け巡っているのだろうか、やや心ここにあらずといった様子の和馬に絵莉が声をかけた。
「社長の知らないうちに、誰かがウソの認知届けを出したなどということがあり得るでしょうか?」
「私の名をかたって誰かが届け出をする? そんなことが現実に可能なのか?」
「身分関係を大きく変更するんですから、届け出る際には、当然戸籍係の窓口で本人確認が必要になります。大抵は免許証とかパスポートですが、スパイ映画じゃあるまいし、なりすますために身分証明書を偽造するなんて事はいくら何でも考えにくいですよね」
和馬は、眉根を寄せて考え込む。絵莉は、ちょっと目先を変えてみようと百合香に声を掛けてみた。
「当時、百合香さんは、もうこの会社に出入りなさってたんでしたっけ」
「はい。今、私もそれを考えてました。平成16年といいますと、私まだ学生だったんですけど、4月からアルバイトで秘書の真似事をさせて頂くようになった年だったと思います」
「そうですか。それでは、お二人に記憶をたどって頂きたいんですが。この認知届が出された平成16年の9月前後、何か思い当たることがなかったでしょうか? どんな些細なことでも結構です」
和馬の眉根のしわがさらに深くなり、百合香も首をひねる。
「すいません、急にそんなこと言われても思い出せるわけないですよね」
「百合香さん。何か、当時の資料は残ってないかな? 会社関係でもプライベートでも構わんから」
「保管庫の方を確認してみます。ただ、残っているとしても、帳簿類とか税務申告関係の書類ぐらいだと思います」
「それで構わない。何か、当時のことを思い出すきっかけがつかめるかも知れん」
分かりました、と言いながら腰を浮かせかけた百合香が、ふっと思い付いたように言った。
「実は、あの頃私、社長のスケジュール管理に手落ちがあってはいけないと思って、大判のビジネス手帳を買い込んでかなり細かくメモしてたんです。何しろ、アルバイトとはいえ秘書という仕事は責任重大だって父親からひどく脅かされて、今思うとおかしいぐらい気合いが入ってたもんですから」
百合香が、ちょっと照れ臭そうに笑った。
「ひょっとすると、その手帳に何かヒントになるようなメモが残ってるかも知れません。おそらく、実家に置いてあると思うので、今晩にでも確認してみます」
「すばらしい。百合香さん、是非ともよろしくお願いします」
百合香は、夫と長男を亡くした後実家に帰っている。かけがえのない家族の思い出の染みついたマンションに、身重の身でたった一人住み続けることなど到底できるはずもなかった。はかり知れないショックも癒えぬまま無事次男を出産できたのは、実家の両親の心身両面にわたる手厚いケアがあったからこそなのだろう。その後、和馬のたっての願いに応じて秘書に復帰できたのも、保育園に通い始めたとはいえまだまだ手のかかる恭介を両親が看てくれているからに違いない。
和馬には当時の会社関係の資料に目を通してもらい、百合香には手帳のメモ内容を確認した上で当時の記憶を辿ってもらう。ひょっとしたら、そこから認知届にまつわるヒントが何か浮かんでくるかも知れない。
とりあえずはお二人にこの宿題をこなして頂くことにして、今夜はゆっくりと休ませて頂くことにしようかな。絵莉は、そんなことを思いながら丹羽地所を後にした。          

act.5

翌日、午前中のスケジュールが空いているのを確認して、絵莉は川崎の本間智恵子の自宅を確認しておこうと思い立った。直接話をする積りはないが、実際に住民票の住所に住んでいるのか、自宅はどんな建物なのか、20歳の息子とは現在も同居しているのか‥‥。認知届が虚偽なのかどうかはさておくとしても、肝心の本間親子のことがまだ何一つ分かっていない。
とはいえ、民事の争いで、対立相手のことが最初から詳しく分かっているなんてことはまずない。大抵は、依頼人の主張を聞いて、どんな相手とどんな対立関係にあるのかをおおよそ見当つけるのが関の山。しかも、その依頼人の主張たるや、自分は一方的に損害を被った可哀そうな被害者だから相手を目いっぱい懲らしめてやるという点で、例外はほとんどない。自分の側の非など金輪際顧みることのない依頼人の話をまともに信じたら、相手はとんでもない極悪人ということになる。逆に、相手側からすれば、間違いなく私の依頼人の方が極悪人ということになるのが道理だ。そんなわけで、絵莉は依頼人の主張についてはとりあえず話半分に聞くのが常である。
それにしても、今回はまた特別だ。相手に関して分かっているのは、戸籍の記録から得られた情報だけ。認知届が出された経緯どころか、依頼人である和馬と相手方との関係性すら、皆目見当がつかないのだ。これからどんな戦略を組み立てるにしても、いささかでも相手のことを知っておくに越したことはない。
敵を知れば百戦危うからず‥‥。絵莉は口の中で小さくつぶやいた。

京王線調布駅で相模原線に乗り換え、多摩川を越えてすぐの稲田堤で電車を降りた時には午前10時半を少し回っていた。
『川崎市多摩区稲田5‐3‐12 レジデンス多摩川403号』
改札を出たところで、戸籍の附票に記載されていた住所をスマホの地図アプリに打ち込んで、現在地からのルートを検索する。所要時間は徒歩でおよそ8分。謎の母子が暮らす町の土地柄を見ておいてもいいだろう。
駅前の商店街はすぐに途切れて、新興住宅街らしいこじんまりした戸建てと中層のマンションが立ち並んでいる。どこにでもありそうな郊外の風景を眺めながら、考えるともなく本間母子に思いを馳せてみる。
戸籍の附票に記載された住民登録の履歴によれば、母親の智恵子は、平成9年に一人でこの土地に移り住んでいる。当時、まだ二十代半ば過ぎ。
智恵子は、平成8年に本間姓の男性と離婚した後、新宿で新生活のスタートを切っている。歌舞伎町にほど近い土地柄からして、離婚したばかりの若い女が一人で生きていくために、まずは水商売を選んだだろうことは想像に難くない。容姿に恵まれていれば、それなりのお店で働くこともあり得るだろうし、ひょっとするとそこで年の離れた大富豪と巡り合ったとしてもおかしくはない。
いや、もちろん和馬社長が彼女のことを知らないというのは大前提だ。でも、これはあくまで想像。想像するだけならバチも当たらないだろう。絵莉は、内心、埒もない言い訳をしている。
魔が差したとでも言えばいいのだろうか、謹厳実直を絵に描いたような大富豪はその若くて美しいホステスにすっかり心を奪われてしまう。智恵子の方も、落ち着いた初老の紳士に徐々に惹かれるようになる。
  平成8年から9年頃か‥‥。20年あまり前ということは、私はまだ花も恥じらう女子高生だ。和馬社長、今ではすっかり髪が薄くなったけど、あの頃は確か素敵なロマンスグレーだったもんなあ。
絵莉の想像はどんどん逞しくなっていく。
かくして、年の離れた二人の関係は急速に接近していった。和馬は、間もなく智恵子のために自宅にほど近い川崎にマンションを用意して、生活に不自由しないだけのお手当を渡すようになる。そして、そのマンションに足しげく通ううち、彼女は妊娠。
いい年をして抜き差しならない立場に追い込まれた和馬社長。でも、あの誠実で思いやりのある人柄だ。どうしても産みたいと彼女にせがまれたら、拒むことなんかできやしなかっただろう。しかし、当時、家には長年連れ添った妻と一人息子との平穏な生活があった。自分が招いた種とはいえ、ここまでひとかどの実業家として実績を重ねてきた和馬が初めてぶつかった難局であった。
  うーん。
このあたりで絵莉が我に返る。これじゃ、想像というよりは妄想に近いストーリーだ。でも‥‥。ひょっとすると意外に的外れでもないかも。と思った瞬間、手にしたスマホが「目的地周辺です」と囁いた。画面を見ると、地図アプリの矢印が赤く点滅して到着を知らせてくれている。
目の前には、ベージュのタイル張りの小ぎれいな5階建てのマンションが建っていた。玄関ロビーのドアの上には黒地に金文字で「レジデンス多摩川」とある。附票の現住所にあった通りだ。
建物の外装を見ても車寄せの奥の玄関越しに見えるロビーの様子を見ても、かなりグレードの高いマンションであることが見て取れた。そりゃそうだ。何たってパトロンは、この辺りの不動産王なんだもん。
  おっと妄想妄想。和馬おじさんには、まったく身に覚えがないんだったよね。絵莉が頭の中でぺろりと舌を出す。
オートロックのドアの脇にはカメラ付きのインターフォンが設置され、その向かい側の壁には郵便受けが並んでいる。
確か部屋番号は、と‥‥。
403号の郵便受けには、残念ながら名前は書かれていなかった。最近はセキュリティ意識が高まってるから、名前を表示するのはむしろ少数派だ。でも、これでは、本間親子が今も実際にこの住所に住んでいるのかどうかすら確認できない。
インターフォンで403号を呼び出してみようか‥‥。
ふと、そんな誘惑にかられた。でも、もし在宅していたとしても、どんな風に話を切り出せばいいのやら。
こんな形で事件の関係者の自宅を訪ねるのは、絵莉にとっては初めてのことだった。対立相手に対する弁護士の最初のアプローチは、書面を郵送するのが普通だ。急ぎの場合や住所不明の場合などに限り、代理人に就いたことの通知がてら電話をかけるのがせいぜいで、直接訪ねることなんてまずあり得ない。ましてやアポなしとなると、無用な反発や警戒心を持たせて対立をあおることになるのがオチだ。
そもそも、本間智恵子とはどんな人間なんだろう。分かっているのは、いつ、どこで生まれたのか、どこに住民登録をしているのか、といった戸籍に書かれている事柄だけ。離婚して新宿の高級クラブで働いていたとか、和馬社長に見初められたとか、マンションを買ってもらったとか、すべて根拠もない絵莉の妄想に過ぎない。
  せめて、彼女の声や喋り方を聞いたら、何となく人となりぐらい想像できるかも知れない。せっかくここまで来たんだから、当たって砕けろ、だ。もしも返事があったら、NHKですが受信契約はお済みでしょうか、とでも言えば当たり障りもないだろう。
絵莉は、インターフォンのカメラからさりげなく顔を背けて、おずおずと403と数字を打ち込んでコールボタンを押した。

act.6

「それで、本間智恵子は居たのかい?」
いつも落ち着き払っている丹羽和馬が、ちょっと勢い込んだ口調で聞いた。本間智恵子の住まいや土地柄の報告に興味津々で聞き入る様子を見て、和馬があの辺に愛人を囲っていたなんてストーリーはやっぱり根も葉もない妄想に過ぎなかったかと絵莉は改めて思っている。
「残念ながら反応がありませんでした。何しろ、平日の真っ昼間ですから。居留守の可能性だってありますし」
「でも、一応本間親子の所在が分かったんだ」
「いや、親子が実際にあのマンションに住んでいるのかどうか、まだ確認はできていません。私は身上調査の専門家ではありませんので、ここはやっぱり餅は餅屋。必要とあらば、興信所を使って何日か張り込めば、403号の住人の実像はある程度把握できるはずです。商売柄、信頼できる業者には心当たりがありますが」
そこまで言った時、絵莉は目の前の男が不動産会社の経営者であることを思い出した。
「その前に、社長。ひょっとして、このマンションが分譲なのか賃貸なのか、調べることは可能ですか? それから、もし分譲ならば、403号の現在の所有者が誰なのかも」
「もちろん、お安い御用だ。すぐに調べさせよう」
間髪を入れず、「はい」という声とともに百合香が立ち上がって内線電話を取った。隣り合ったオフィスのスタッフに、マンションの名称と住所を伝えててきぱきと指示を与えている。
「さすが、仕事が早いですね」
「そりゃやっぱり餅は餅屋さ」
和馬が満足そうに頷いた。
さほど待つこともなく、ドアにノックがあって、失礼しますの声とともに若い男性社員が入ってきた。
「お問い合わせの件、確認できました」
社員はプリントアウトした登記簿謄本をテーブルに並べた。
「レジデンス多摩川は、全戸分譲です。これが403号の登記情報になります」
今は、法務局のホームページからオンラインで全国の不動産登記情報がダウンロードできるようになっている。不動産業者にとって、この程度の作業は単なる日常業務に過ぎない。若い社員は謄本を指し示しながら言った。
「ご覧のように、平成9年の新築で専有面積は68平米、所有者は本間智恵子、新築時に売買で取得しています。抵当権が設定された記録はないので、ローンを組むことなくおそらく一括で支払ったと思われます」
「その頃の相場から考えて、分譲価格はどれぐらいか分かるか?」
「調べてみないと正確なことは分かりませんが、あの頃はITバブルのちょっと前になりますから、この地域でこれだけの広さですと、おそらく4000万前後じゃないかと」
やはり餅は餅屋だ。若い社員は、自分がまだヨチヨチ歩きだった頃の不動産の価格を即座に答えた。
「4000万を一括払いか。離婚でよほどの慰謝料をせしめたんだろうか」
「いや、そんな莫大な慰謝料というのは、通常はちょっと考えられません。まだ20代半ばの女性がそれだけの不動産を買ってしかも現金で支払ったとすると、実家が非常に裕福だったということもあり得ましょうが、やはり、しかるべきスポンサーがいたと考えるのが自然かと」
もちろん、和馬おじさんを疑ってるわけじゃないんだよ‥‥。内心で言い訳しながら絵莉が続ける。
「403号室の所有者が本間智恵子氏だとすれば、おそらく、住民票通り親子は今も居住中という可能性が高いと思います。これで、私たちも次の段階に進む事ができます」
「次の段階?」
「はい。まずは、本間祐樹氏に、事実関係の確認とこちらの意向を伝えることが必要です。つまり、戸籍上、平成16年に丹羽和馬が祐樹氏を認知したことになっているが、和馬は祐樹氏も母親の智恵子氏のこともまったく存じ上げない。従って、双方に親子関係はないのは自明であり、認知そのものが無効であることを双方で確認したい。こうした内容を書面で送ります」
「なるほど。はてさて、どんな反応が返ってくるやら。しかし、もし反応がなかったら?」
「向こうに後ろめたいことがあるのであれば、おそらく返事はないでしょう。そうなったら、認知無効を申し立てる法的手続きの準備に入ります。法的手続きと言っても、即裁判というわけではなくて、まずは調停で双方が話し合うというのが決まりになっています」
「双方というのは?」
「認知無効の場合、母親の智恵子さんは当事者にはなりません。社長が認知をした相手、つまり祐樹氏に対して申し立てるという形になります。ただ、今後、場合によっては智恵子さんにも参加してもらう可能性が出てくるかも知れません。調停はあくまで話し合いによる解決というのが趣旨ですから、ひとまずは無効を立証するだけの裏付けが取れていなくても大丈夫です。とりあえず相手方となる祐樹氏の意思を確認して、もしも認知が間違いであったことに同意してくれれば、裁判に訴えるまでもなく認知の無効が認めらます。ただし、手続き上、DNA鑑定で血縁がないことの確認は必要になりますが」
そっと和馬の表情をうかがい見たが、DNA鑑定という言葉に反応する様子はまったくない。身に覚えがないのだから、当然と言えば当然なのだが。
「調停で祐樹氏が認知無効に同意しなければ調停は不成立となって、あとは裁判で白黒つけるしかありません。裁判になれば、こちら側が認知が無効であることを立証できない限り勝てません。でも、調停から裁判まで時間は十分にあります。その間に、何としてでもご自身が認知届けをしていないことを裏付ける証拠を探しださなければいけません」
「さあ、それなんだが」
和馬が、目の前のテーブルに積み上げた分厚い書類のファイルを指さした。
「一応、平成15年から17年にかけての会社の資料をひっくり返してみたんだが‥‥」
社長は、残念そうに首を横に振った。
まあ予想した通りだ。絵莉は、頷いて百合香に視線を移す。
「この間お話しした手帳ですが、やっぱり実家に残っていました」
百合香は、バッグからA5版サイズの分厚いビジネス手帳を取り出してテーブルに置いた。よほど使い込んだと見えて、革の表紙がすっかり色あせている。
「丹羽地所にお世話になるようになった平成16年の手帳です」
受け取ってパラパラとページを繰る。手帳は、見開きになった各月のカレンダーのページと、日付ごとに書き込めるページに分かれている。アルバイトを始めた4月から、日付のページには、黒と赤と青に色分けした細かな文字で克明なメモがびっしりと書き込まれている。職務を全うしようと懸命に心を砕く新米秘書の姿がしのばれた。
「これが、認知届が出された9月1日火曜日のページです」
絵莉が手帳に目を落とした。
『終日日商シンポ@国際フォーラム。1030正面玄関ハイヤー迎え。1200現着、昼食会。1330シンポ開始。1700終了予定。1800帝国H松濤の間にて懇親会』
絵莉が目を通したのを確認して、百合香が言った。
「ご覧の通り、この日、社長は商工会議所主催のシンポジウムに出席しておられます。場所は、有楽町の東京国際フォーラムでした」
「かなりタイトなスケジュールですね。ということは、この日、社長が新宿区役所へ行くことはかなり難しい?」
絵莉が和馬に視線を向ける。
「日商シンポは定例行事だから、この時のことを特段覚えているわけではないが、このスケジュールで途中高速を降りて新宿に寄るなんてとても無理だな」
「なるほど。ただ、15年も前だとハイヤーの経路の記録が残っているかどうか。今と違って、まだGPS機能はなかったはずですから。もちろん、この日、社長が新宿区役所に行って届け出をする時間的余裕はなかったという裏付けの一つにはなるはずですが」
社長が、一息ついたようにうなずいた。しかし、正直言って、この程度のことが裏付けになるだろうか。しかも‥‥。
絵莉は、ふっと脳裏に浮かんだ疑問を口にした。
「シンポジウムの途中、客席を抜け出して新宿に行くことは可能だったでしょうか。有楽町から新宿なら、車で3・40分もあれば往復できます」
社長が、再び眉根を寄せて考え込む。
「あの日は、いつも通り、最前列の招待席で顔見知りのメンバーと並んで座っていたはずだが。しかし、ずっと席を外さなかったことを会議所の仲間に証言してもらうというのは、どうも‥‥」
確かに、証言を頼むとなると、事の次第を説明しないわけにはいかない。認知うんぬんという問題だけに、謹厳実直をもってならす社長にはいささか抵抗があるだろう。それに、社長と席を並べた人たちは今やかなりの年配揃いだろうし、15年も前のおぼろげな記憶が果たして信頼に足るものとみなされるかどうか。
「ごもっともです。ただ、認知無効を申し立てるのであれば、申立人である社長が認知届を出していないことを立証しなければいけません。ご存じかも知れませんが、無かったことを証明することは悪魔の証明と言われます。悪魔の存在なんて誰も信じちゃいませんが、ならば存在しないことを証明してみろと言われても‥‥」
首を横に振る絵莉を見て、和馬が大きく息をついた。
百合香の手帳は、裏付け材料としては、はなはだ心もとないものだと結論付けるしかなかった。
「百合香さん、この日のことで、ほかに何か記憶に残っていることはありませんか?」
「いろいろ、思い出そうとしてはみたんですが」
百合香は、残念そうに首を振った。
それでは、もしも当時のことで何か思い出すことがあったら教えて下さい。どんな些細なことでもけっこうですから、と強く念押しして絵莉は社長室を出た。

事務所に帰った絵莉は、早速デスクのパソコンを立ち上げた。善は急げとばかり、本間祐樹に宛てた通知書面を書き始める。
『平成16年9月1日、私こと丹羽和馬は貴殿を認知したことになっています。しかし、これは私が一切与り知らないところで届け出がなされた無効なものです。この件に関して、一度直接お会いしてお話ししたいと思いますので、是非一度当方宛てご連絡頂けないでしょうか。もしも話し合いに応じて頂けない場合は、近日中に家庭裁判所に認知無効の調停を申し立てる積りです。いずれにしても、お互いに事実関係を確認し、双方納得できる解決に至るよう率直な話し合いができれば幸いです』
認知無効にたどり着くまでの手続きは、三段階に分かれる。先ずは、双方当事者同士の任意の話し合い。次いで、家庭裁判所の調停の席での協議。それでも合意できなかった場合の最後の手段が裁判だ。
文面を何度か読み直して、差出人が和馬の代理人弁護士島津絵莉であることを明記してプリントアウトし、秘書の竹原麻乃にもチェックしてもらう。秘書に書面チェックをしてもらうなんて沽券に関わるなんて弁護士もいるが、絵莉はそんなことは気にしない。絵莉に言わせれば、もしも誤字脱字のある不備な書面を送付でもしたら、その方がよっぼど沽券に関わる。所長とは名ばかり、マチ弁としてはまだ新米同然の絵莉にとって、この経験豊かなベテラン秘書は万事頼りがいのある心強い存在なのだ。
二重チェックを終えた麻乃に内容証明で送ってくれるよう頼んでから、絵莉は家事調停の申し立ての準備に取り掛かることにした。経験上、こういった通知文書を送っても、相手方が反応を寄こすことは稀だ。反応がなければ、速やかに第二段階の家裁の調停に進むことになる。これからの手続きの流れを見据えれば、現段階でやれることはやっておいた方がいい。
絵莉は、裁判所のホームページから所定の書式をダウンロードした。申立人の丹羽和馬と相手方である本間祐樹の戸籍謄本や附票を見ながら、現住所、本籍など必要事項を記入。続いて、申し立ての趣旨の欄には、『申立人が届け出たとされる認知が無効であることを確認し、親子関係を解消する』と書き込む。
さあて、問題はここからだ。申し立ての理由の欄をにらみながら、絵莉はしばし腕組みをする。とりあえず、現段階でこちらが認識している事実関係をかいつまんで書いておこうか。つぶやきながら、絵莉はキーボードを叩いた。
『申立人にとって、相手方およびその母親は面識すらない全くの赤の他人である。平成16年に届け出たとされる認知についても、申立人はまったく与り知らない。従って、この認知には大きな手続き上の誤りがあるので、認知の無効を求める』
──うーん。説得力、まるでなし。
パソコン画面をにらみつけながら、和馬社長の一方的な主張以外、無効の根拠となるものが何一つないことを改めて思う。
裁判所は、子どもは親なしでは生きていけないひ弱な存在であることを前提に、「子」という身分を安定させることを最優先する姿勢を取っている。従って、15年も前に確定している身分関係を覆すなんて、よほどのことがない限り不可能なのだ。よほどのこと、とは誰が見てもなるほどとうなずくだけの有無を言わさぬ証拠を示すこと。和馬社長がいくら声を大にして訴えようが、根拠もない身勝手な主張だと思われるのがオチだ。ならば、先ずは直接の話し合いの可能性を探り、本間祐樹の出方をうかがいながら現状を覆すだけの攻撃材料を必死になって探すしかない。
──それにしても‥‥。
絵莉は、パソコンの前に頬づえをついて想像してみる。
あの通知文書を受け取った時、本間親子はどんな反応をするだろうか。認知無効という主張にさぞや慌てるに違いないが、事が事だけに不用意に連絡を寄越すとも思えない。ひとまずは静観する可能性が高いだろう。ひと月ほど様子を見て何の反応もなければ、手続きの第二段階、すなわち裁判所に調停を申し立てることになる。ペナルティがあるわけではないが、裁判所からの呼び出しとなれば、本間親子もさすがに無視を決め込むわけにも行かないだろう。だが、首尾よく調停がスタートしたとしても、おいそれとこちらの主張に応じて認知無効を認めるとは思えない。となれば、合意不能で調停不成立となって、社長を原告、本間祐樹を被告とする認知無効の訴訟を提起する条件が整うことになる。
──とはいえ、だ。
たとえ裁判になったとしても、それまでに現状を覆すだけの攻撃材料なんて見つかるだろうか。現段階でこちらの手持ち札はといえば、さほど証拠能力が高いとは言えない認知届の筆跡鑑定あたりが関の山。果たして、今後何らかの手掛かりが得られるものやら皆目見当もつかない。
ひょっとすると、裁判になっても祐樹が出席を拒み続ける可能性もあるだろうか。家事事件では、被告が出頭しない場合、一概に欠席裁判となるわけではないとされてはいるものの、原告の主張が認められて被告に不利な判決が出る余地がないとも限らないが。
── あるいは‥‥。
あの通知文書を見て、祐樹が話し合いに応じてくることもあり得るだろうか。少なくとも、母親の智恵子が認知の事実を知らなかったとは考え難い。しかし、当時まだ幼かった祐樹には事情が知らされていなかったかも知れない。とすれば、母親を問い詰めて改めて自分の本当の出自を追及しようと考えることだってないとは言えまい。
──いや、待て待て。
絵莉は、身を起こして一度大きく伸びをした。
甘い見通しが当たったためしはない。パソコンの前であれこれ堂々巡りしているぐらいなら、裁判までもつれ込むことを想定して戦略を考えるべきだ。裁判になった場合、認知無効の立証のポイントとなるのは、一体誰が、何のために、どうやって虚偽の認知届を出したのか。つまるところ、問題は、犯人、動機、方法の三点に絞られる。何だか推理ドラマみたいになってきたけれど、それを解明しない限り、裁判で無効の主張が認められる見込みはないと思っておいた方がいい。
ならば、もうぐずぐずしてるわけにはいかない。一刻も早く、本腰を入れて認知無効を裏付ける証拠探しに着手するしかないだろう。
――裏付け調査となれば、やっぱり餅は餅屋かな。
絵莉の脳裏に、ある人物の顔が浮かんでいた。

act.7

翌日、島津絵莉は池袋の松尾リサーチを訪ねた。以前から懇意にしている興信所、いわゆる探偵業者だ。
専門の調査員を抱えたアメリカの大手法律事務所と違って、日本の弁護士は基本的に調査能力を持っていない。でも、特に重要な訴訟となると、相手方のみならず時には当の依頼人に関しても、その過去や素行を調査して裏付けを取らなければならない場合もある。この間は、成り行きで、自分で川崎のマンションまで行くことになったが、あんなことは例外中の例外だ。テレビドラマじゃあるまいし、自分自身の足で現地を訪ねて調査するというのは、特に女性弁護士にとってはかなり荷が重い。そんな時に、頼りにするのが興信所なのである。弁護士にとって、信頼のおける探偵は、いわば欠かせないパートナーと言ってもいい。
「あらあ、絵莉。随分、ご無沙汰だったじゃない」
松尾リサーチの応接室のドアを押すと、所長の松尾奈津子がいつものように満面の笑みとともに両手をいっぱいに拡げて迎えてくれた。
絵莉がまだ弁護士になって間もない頃、勤務し始めたばかりの大手法律事務所と専属契約を結んでいたのが、奈津子の父親が経営する松尾リサーチだった。その頃、奈津子も絵莉と同じように松尾リサーチで働き始めたばかり。
最初に顔を合わせたのは、先輩弁護士のアシスタントに就いて、行方不明の事件関係者の所在調査を依頼した時だった。実は、奈津子の第一印象は最悪だった。絵莉がおずおずと具体的な要望を口にすると、その一つ一つに横柄な口ぶりで異を唱えてくるのだ。それは無理です、できません、のオンパレード。理由も言わないで、一言の元にはねつけられた。悔しいが、こちらはまったくのド素人だから反論できない。
若いくせに、よほどのスキルの持ち主なのかと思いきや、ちなみにと聞いてみればまだ経験は半年に満たないと平然とのたまう。さすがにちょっと頭に来て、所長の娘さんだからって遊び半分でやってもらっちゃ困りますと、びしっと言い放った。ド素人と侮っていた小娘  自分だって小娘のくせに  から思わぬ反撃を受けた奈津子の驚きと悔しさの入り混じったあの時の顔。今、思い出しても吹き出しそうになる。
しかし、調査結果の報告を受けた時、たまたま話の成り行きで、お互い当時爆発的ブームになっていた韓国ドラマの大ファンだということが分かって、ぎこちなかった空気が急速に和らいだ。これで、鼻持ちならない女探偵に対する印象が180度変わったのだから現金な話だ。韓流スターの誰それは、なんて他愛ないお喋りをするうち、奈津子の些事に拘らない気さくな人柄に触れて大いに見直すことになる。
正直言うとさあ、あの時は、若い女弁護士風情に馬鹿にされまいと思って必死で虚勢を張ってたんだよねえ。のちに奈津子は笑いながら言った。絵莉のちょっと底意地の悪い反撃も、今ではまったく根に持っていないことも分かって、二人の間のわだかまりはすっかり氷解していった。
それから何度かコンビを組むうちに、新米弁護士と探偵業見習いは、同年代の女同士、仕事を超えて親しくなっていく。仕事上の悩みはしょっちゅう、時にはオトコに関する悩みもぶつけ合ったし、絵莉が父の個人事務所を継ぐかどうか迷っていた時も親身になって相談に乗ってくれた。
お互い若気の至りだったあの出会いから、もう20年近くになる。その間に、奈津子の方も父親の引退に伴って松尾リサーチの所長の地位を継いだのだが、公私にわたる付き合いは絶えることなく続いている。
「ふーん。ちょっとしたミステリーね」
かいつまんだ説明を聞いて奈津子が言った。興味津々の面持ちである。
昔から、奈津子の好奇心には並々ならぬものがあった。そもそも、他人の不幸は蜜の味などと言われるぐらい、人は、とりわけ女はゴシップや噂話が大好きなもの。奈津子の場合は、人並外れて旺盛だった好奇心が、この仕事に就いてさらに嵩じた気配がある。ひょっとすると探偵事務所を創業した父の血もあるのかも知れないと、絵莉はひそかに思っている。
興信所の業務は、いわば他人の秘密を覗き見するようなものだ。良識を重んじる世間様に対しては、あまり胸を張れるような仕事ではないかも知れない。でも、犯罪にまでは至らずとも、『秘密』には何かしら後ろ暗いことや道義的に許されないことが隠されているものである。義憤か私憤かはさておき、やむにやまれずその秘密を暴き出さなければならない場合があるのもまた確かなのだ。何かしらの被害を被った者が加害者の秘密を探るということになれば、人助けという側面だってないとは言えない。半分成り行きで父親の会社に入った奈津子だったが、いつしか探偵業にプライドを持つようになっていた。
「となると、今回のミッションは、この謎の親子の身辺調査というわけね」
「二人の日常の生活実態、収入、交友関係。智恵子は専業主婦なのか仕事をしているなら勤務先、祐樹は今も同居中か、学生なのか働いているのか、それとも引きこもりだったりするのか。それから‥‥」
「最大の問題は、何といっても智恵子の男関係よね。戸籍上は独身らしいけど、内縁関係の男性がいるかも知れないし、マンションに出入りしてたり内密で付き合ってる相手がいるかも知れない。でもさ。まさか、ふたを開けてみればその正体はやっぱり丹羽社長だった、なぁんてことはないわよね」
「私だってそこは考えたわよ。でも、周辺状況を色々探っても社長の態度振舞いを見ても、どうやらそのセンはないわね。探偵に身辺調査を依頼するって提案にもすっごく乗り気でさ。自分に後ろめたいことがあるんなら、何らか躊躇しそうなもんでしょ」
なるほどね、と言いながら、奈津子はあごに手を当ててちょっと考え込む。
絵莉は、丹羽和馬と本間親子の戸籍関係の書類一式のコピーを取り出した。奈津子は、好奇心たっぷりの顔で目を通す。職業柄、戸籍の読み込みに関して、奈津子は弁護士の絵莉にもまったく引けは取らない。
「うーん。やっぱり平成16年の認知届がポイントね。届け出たはずの社長自身にまったく身に覚えがないなんてね。はてさて、その裏にどんなカラクリが隠されているのやら‥‥」
「誰が、何のために、どうやって嘘の認知届を出したのか。つまり、犯人・動機・方法を解明しないことには、認知無効の主張が認められる見込みはない。それだけは確かね」
奈津子が大きくうなずく。持ち前の好奇心がその目にあふれている。
「絵莉。私、俄然やる気が湧いてきたわ。他ならぬあんたの頼みだもん、私が直接担当させて頂くことにしようかな」
「あら、所長自ら乗り出してくれるなんて、恐縮だわ」
「でも、所長の時給はちょっと高いわよ」
「任せて。何しろ、依頼人は多摩の不動産王なのよ。おカネに糸目はつけないわよ、多分」
顔を見合わせてひとしきり笑ってから、本間祐樹宛てに送った内容証明のコピーと今後の手続きの流れを書いたメモを手渡した。
「内容証明から一か月ほど待って、反応がなかったら家裁に調停を申し立てる積りだから、それまでに初回の報告をお願いできるかな」
「分かった。気合い入れて何とか成果を出さなきゃね」
「多分、本間祐樹は調停には出頭しないだろうし、出て来ても認知無効に同意するはずがないわよね。そうなれば調停不成立で、すみやかに訴訟を提起することになると思う。裁判まで、ざっと見積もって3・4カ月かな。その間多面的に調査を重ねて、何としてでも認知無効を立証するロジックを固めなくちゃ」
絵莉の言葉に、奈津子の表情がちょっと引き締まる。
「立証、すなわち虚偽の認知を届け出た犯人・動機・方法の解明ね。了解。さっそく今日からでも調査を開始します、島津先生」
「期待しておりますわよ、松尾所長」

act. 8

長男祐樹に対する認知の無効を告げる丹羽和馬からの書面を手にして、本間智恵子は激しく動揺していた。突然、丹羽和馬の代理人弁護士の名前で届いた長男祐樹に対する認知の無効を主張する内容証明。
──一体、どういうこと‥‥。
あれから、もう15年も前になるのか。祐樹が5歳になった時、あの人は、そろそろきちんとしなきゃと言って認知を届け出てくれた。
これで、祐樹は晴れて丹羽和馬の相続人だ。もしもの場合には、祐樹は間違いなく莫大な遺産を受け取ることになる。でも、もし万一この事実が知れたら、丹羽家からどんな妨害があるかも知れない。だから、私は祐樹を認知した事実を誰にも言う積りはない。お前も、その日が来るまで、丹羽家や丹羽地所の関係者とは決して連絡を取らないでくれ。
その日……?
ああ、俺がこの世からおさらばするその日だ。
あの人は、そう言っていた。それを今さら、あの認知を無かったことにするだなんて、そんなわけの分からない話って‥‥。
智恵子は、気を落ち着けようと深く息を吸った。
──でも、もしも‥‥。
もし万一認知が無効になったら、祐樹はててなし子に逆戻りしてしまうのか。そんな馬鹿な。15年も前に、祐樹は晴れて丹羽和馬の実の息子になったのに、今になってそれがひっくり返るなんて、そんな馬鹿なことがあるはずがない。
莫大な遺産のことなど頭になかった。祐樹の父親がいなくなる。ただただ、そのことだけが心に引っ掛かっていた。
その日の夜。智恵子は、帰宅した祐樹にその書面を見せた。そもそも、内容証明の宛て先は祐樹だ。隠しておくわけにはいかない。
智恵子は、書面を読む我が子をじっと見詰める。あの人が私たちの前から姿を消したのは、認知を届け出た直後、この子がまだ5歳の頃だった。この子には、父親の面影はほとんど残っていないだろう。みんなの家と違ってうちにはお父さんがいないのはどうして、という素朴な疑問が生まれるのは当然だった。幾度となく父親のことを聞かれたが、子どもが納得できる説明などできるはずもなく、その度に智恵子は言葉を濁してきた。
父さんは、訳があってどうしても私たちとは会えないけれど、遠くでずっと見守っていてくれるの。私たちがこうやって何不自由ない暮らしができるのも、全部父さんのおかげなんだよ。
母の様子を見て、父親のことはあまり触れてはいけないことなんだと悟ったのだろう。祐樹は成長するにつれ父親の話題は控えるようになっていた。
母の方から父親のことを語ったのは、祐樹が念願の一橋大学に合格した時だった。しかし、その日、お前の父親は丹羽和馬という人で多摩の不動産王と呼ばれるお金持ちなんだよ、と伝えた時、案に相違して祐樹はさして驚かなかった。
知ってたよ、とこともなげに言う息子を母は驚きの表情で見つめた。
「まあ、ずっと気にはなってたんだけど、父親が誰かを調べる方法なんて思い付かなくてさ。でも、ほら高校の修学旅行で台湾に行く時、パスポートの申請に戸籍謄本取ったじゃん。その時、ふっと両親の欄を見たら、父親は『丹羽和馬』ってなってた」
「修学旅行って、祐樹。もう二年も前じゃない」
「うん。でも、ちょっと母さんに聞くわけにもいかなくてさ。その人は平成16年にぼくを認知したと書かれてて、その人の本籍は府中市ってなってた。それで、ダメ元でその名前をネットで検索してみたら、結構な情報が出てきてさ。老舗の不動産会社の経営者で、多摩地区では相当な有名人らしいね。同姓同名の可能性もあるけど、会社も同じ府中だし多分間違いないだろうって思ってた」
そう、知ってたんだ‥‥。母は小さくつぶやいた。
それにしても、この子はいつの間にこんな大人びた表情を見せるようになったのだろう。図体ばかり大きくなっても、まだまだ子どもだとばかり思っていたのに。
智恵子は、昨日までとは別の顔をした我が子を言葉もなく見つめていた。。

祐樹にとって、父の記憶はおぼろげだ。父親が母子のもとに来ていたのは、ほんの5歳の頃までだったのだから無理もない。ただ、あの頃、この家には母さんだけじゃない、確かに父さんらしき人がいたことだけは覚えている。幼な心にそれが父なのだと感じ取っていたのか、長じてからの後知恵なのか、本当のところは分からない。
今も一つだけはっきり覚えていることがある。その晩、父らしき人は、テーブルを挟んで母と話し込んでいた。いつもの通りにおやすみと言った時、その人はちょっとこっちに来いと言って、幼い祐樹を痛いぐらいにぎゅっと抱きしめてくれた。覚えている限りそんなことは初めてのこと、そして今になって思えば最後のことだった。だから、その時のことは強く記憶に残っている。しばらく抱きしめたまま言い聞かせるように何か言っていたが、ちんぷんかんぷんの内容を覚えているはずもない。父さんってすごい力だ。身動きもできないまま、ただそんなことを思っていた。
それがその人と過ごした最後の夜になった。その後、すっかり姿を見せなくなったその人のことを母に聞いたことは数知れない。父さんは仕事で外国に行っててね、日本にはなかなか帰って来られないの。ニューヨークだったり上海だったりシンガポールだったり、父の住む街は何度も変わったが、幼い祐樹はその度に地球儀でその異国の地を確かめたものだった。とはいえ、かくも長き父の不在を子ども心が納得できるはずもない。父の話をする度に駄々をこねるのが母子の日常風景となっていた。
でも、小学校の高学年にもなると、祐樹は母親の困り切った表情に気づくようにもなっていた。そして、都内の中高一貫校に通うようになった頃には、父のことはあまり問い詰めちゃいけないことなんだと自分に言い聞かせたりもした。父さんは外国暮らしだからじゃなくて、何か別の理由があって一緒に暮らせないんだ。祐樹は、うすうすそのことに気付いていた。ただ、不思議に父を恨む気持ちは湧いて来なかった。祐樹の脳裏には、あの最後の夜のことが残っていた。あの時、幼い自分を抱きしめながら父は何を語っていたのだろう。祐樹にとって、それは遥か遠い昔の何か甘酸っぱさを伴う記憶だった。
中学から高校へと進学するにつれて、両親がどういう関係だったのかもうすうす分かるようになってきた。どうやら両親は結婚していなかったらしいという事実は、思春期の少年を戸惑わせ、一時は母にも強い反発を覚えたこともあった。
何となくはばかる気持ちがあって確認してはいなかったが、母子の生活費はその後もずっと父が支払ってくれているらしいことにも気付いていた。私立学校の学費は馬鹿にならないし、衣食調度など日々の生活レベルにしても、パート程度の収入しかない母子にはどう考えても不相応なものだということぐらいは分かる齢になっていた。
とはいえ、高校時代の祐樹は、自分に父親はいないのだと強いて思い込もうとしていた。進学や将来の進路に思い悩んだ時、あの人に相談できたらとふと思うことは何度もあったが、それは叶わぬ夢と割り切るしかなかった。
ただ、一つだけ母から何度も聞かされていたことがある。父はかつて、まだ幼い祐樹を見ながら、将来この子にはどうしても一橋に進んで欲しいと言っていたというのだ。だから祐樹は、漠然とではあったが一橋大学を目指すことを運命づけられているような気がしていた。そして、ついにその念願の一橋に合格した時、真っ先に知らせたいのがあの人だったことに気づいて、祐樹は父の存在を改めて思ったのだった。
合格通知を受け取って、父との約束を果たしたような思いを噛みしめたあの日から2年余り。その父から突然届いた書面には、事務的な口調で丹羽和馬は祐樹の父親ではないのだと書かれていた。
高校時代、戸籍謄本で父の名前を知り、幼い頃に自分を認知していたことを知った。その認知届からかれこれ15年が経っている。この間、何一つ問題がなかったのだから、今さら父との親子関係が揺らぐなんて考えもしなかった。
父の丹羽和馬がどういう人物なのか。ネットで、どうやら多摩の大地主で地方財界の重鎮らしいことまでは確認していた。それなりに名のある人物のようだが、ネット情報は、経済活動の報告やニュース記事と和馬が経営する会社の広報関係がほとんどだった。通り一遍の記事は読み飛ばして父親とおぼしい人物の家族関係やプライベートな情報も探ってはみたが、分かったのは、せいぜい妻が既に死去していること、その後跡継ぎの長男や孫を不慮の事故で亡くしたこと程度だった。それだけに、自分がその人物の息子だということには何ら実感が伴わないまま、地味で代わり映えのしない母子二人の生活が過ぎていった。
その父が、15年前のあの夜、自分を強く抱きしめてくれた父が、今になってお前は私の子ではないと言い出した。そんな理不尽な話があるものかという反発の一方、実のところ、そんなこともあるだろうという漠然とした予感もないではなかった。物心がついた時には、既に父はいなかった。父のいない家、祐樹にとってそれはもう当たり前の情景だったのだ。その身の上に抗ったり嘆いたりするようなナイーブな感情は、もうとっくに卒業していた。
そのせいだろうか。突然の衝撃的な通知書面に目を通した時、祐樹は不思議なくらい平静を保っていた。ただ、祐樹の胸中に沸々と湧き上がってくるものがあった。それは、これまで考えもしなかった新たな疑問だった。
──丹羽和馬は父ではない? ならば、自分の本当の父は一体誰だというのか? いや待て。それならば‥‥。
疑問はさらに深まり、おずおずと核心へと近づいていく気配があった。
──それならば、そもそもぼくは誰なんだ? 本間祐樹とは、一体何者なんだ? 

母子の間に気まずい空気が流れていた。
「父さんは、今さら、一体どういう積りでこんな文書を送ってきたんだろう」
「見当もつかない」
智恵子が短く答えてしばらく会話が途絶えた。テーブルの上の一点を見詰める母の手が小刻みに震えている。
もう十何年も何の連絡もよこさなかった父から突然こんなものを送られてきて、母は今混乱の極みにある。それは、息子の自分以上かも知れない。ここで自分が取り乱すわけにはいかないし、母を問い詰めるのも筋違いだ。
「母さん、一つだけ教えて。ぼくの父親は、丹羽和馬だよね」
初めて顔を上げた母は、息子の目を見据えて一度、二度と強く頷いた。
長く二人きりで暮らしてきた母の性格はよく分かっている。母さんは嘘をついていない。祐樹は確信した。
── ならば、一体どんな事情があって父はこんな行動に出たのか。認知の事実を知った何者かに無理強いでもされたのか。
──あるいは‥‥。丹羽和馬は、確かもう八十に近い。認知能力が衰えて記憶力や判断力を喪いでもしたのだろうか。
『御返答頂けないようであれば速やかに裁判所の法的手続きに入る』
書面には、事務的な口調でそう記されていた。あたかも、祐樹が事実を捏造して遺産を狙う狡猾な輩とでも言いた気な文面だった。