~その14~は、こちらから!

「法廷で赤っ恥かいて職場にもいたたまれなくなるぐらいなら、大石さん、もう不毛な争いは打ち止めにしませんかって持ちかけようと思っています。だって……」
私は、笑いが込み上げてくるのを押さえて言った。
「一度は、道ならぬ恋にアツうく燃え上がった間柄ですもん」
武藤弁護士は、一瞬私の方をまじまじと見てから大口をあけて笑った。
「いやあ、そこまでお考えでしたら、私どもが申し上げる事はありません。名取嬢が肉体関係をお認めになった時点で、名取さんに対する慰謝料請求は取り下げる事としましょう。さらに、夫があくまで認めないまま調停が不成立になった場合、離婚訴訟では慰謝料の被告を夫憲三氏のみをとする事も前向きに検討させて頂きます。調停で合意できるか訴訟にまでなだれ込むか分かりませんが、いずれにしても、名取さんは、この争いから完全にオサラバという事になりますな」
「取引き成立、と考えてよろしいんですね?」
私がおずおずと差し出したか細い手を、武藤弁護士のごつい手がしっかりと握った。

大石夫婦とちなみちゃんの調停は、翌月の半ば、東京家裁で行われた。ちなみちゃんに噛んで含めるように説明して、大石氏との肉体関係を認める事を納得してもらった後、武藤弁護士とは何度か電話とメールでやり取りした。念には念を入れておかなくちゃ。
家裁の当事者控室でちなみちゃんと事情説明のおさらいをした後、二人揃って調停室に入る。向かい側に座った男女の調停委員は、ちなみちゃんに代理人が就いた事にちょっと安心した面持ちだった。
挨拶もそこそこに、事前に作成しておいた主張書面を提出した。
まず、名取ちなみは大石憲三との肉体関係を認める事。ただし、名取は、独身だという大石のウソを信じ込まされ、それを前提に交際を続けたものであって、それが不貞行為にあたるとの認識は終始持ちようがなかった事。二人の関係が結果的に申立人大石由美子の妻としての権利を侵害したとはいえ、大石に騙されていた名取はその事実を知らず、また知る事もできなかった。従って、名取の行為は、慰謝料の根拠となる「故意または過失」による不法行為の要件を満たさない事。かいつまんで言えば、まあそんな事が書き連ねてある。
委員たちは、取り急ぎこの書面に目を通した。
「分かりました。お二人の間に男女の関係があった事はお認めになるという事ですね」
「前回の調停では、名取さんも、恥ずかしいのと精神的に動揺していた事もあって否定してしまいましたが、大石憲三さんが独身であるという言葉に騙されて、まあその、身体を許してしまった、というのが真相です。独身同士だと思い込まされていた名取さんは、二人の付き合いが不倫関係だなんて思いもよらなかった。従って、当然故意の不貞ではあり得ないし、大石氏に巧みな言葉でダマされた結果なんですから過失もないと考えます」
もちろん、武藤弁護士との密約の事はおくびにも出さない。私の説明を頷きながら聞いていた調停委員のセンセイ方、どうやら納得してくれてるみたい。あんな調査報告書を前にしながら、いけしゃあしゃあと真っ向否定する大石氏に、二人ともきっと強い不信感を持っていたんだろうなあ。
「分かりました。この主張書面を由美子さんと憲三さんにもお渡しして、双方に検討して頂きましょう」

つづく(^.^)/~~~