~その13~は、こちらから!

どうやら、サイの目は吉と出そうな雲行きだ。武藤弁護士は敵側であり、その人となりも皆目分からない。それだけに、こういうチョイヤバ提案を示すのはイチかバチかのバクチだった。弁護士の中には、こういう裏取り引きめいた交渉は、公序良俗に反するなどという根っから潔癖なセンセイも時たまいる。でも、依頼人の真の利益を考えれば、私はこうした取り引きが弁護士倫理に抵触するとは思わない。
「いかがでしょう。名取さんが大石氏との肉体関係を認める事を条件に、名取さんへの慰謝料請求を取り下げて頂けませんか? さらに、もし訴訟にもつれ込んだ場合も、慰謝料請求の被告から名取さんを外して、大石氏のみとして頂きたい。これが、私どものご提案です」
「夫と愛人の同盟軍は完全に分裂、か」
ぽつりとつぶやいて、武藤先生はしばらく考え込んだ。その表情から見て、倫理的な面を問題にしているとは思えなかった。
妻側の弁護士として、この取り引きにはメリットがあるのかどうか。この条件を飲んだとすれば、どんな事態が起こり得るのか。その場合の対処法は? 頭の中がめまぐるしく回転しているみたい。
とはいえ、武藤弁護士の頭の整理がつくまでに、さほどの時間はかからなかった。
「確かに。少なくとも夫にとっては、妻以外との性交渉はイコール不貞行為だ。それを立証するのに、あの調査報告書に加えて、愛人の自白証言があればもう鬼に金棒です」
「奥様としては、慰謝料を誰が払おうと構わない」
「むしろ、自分を裏切った夫を存分に懲らしめてやりたいかも知れません。ならば、訴訟になっても、敢えて愛人を被告にする必要はさらっさらない」
私がにっこりと頷いたのを見て、武藤先生の表情もゆるんだ。
「分かりました。ただ、ちょっと気になる事があるんですが」
「はい?」
「愛人が肉体関係を認めるのに合わせて、妻が愛人への慰謝料請求を取り下げると、夫側はかなり不信感を持つんじゃないでしょうか。ひょっとすると、妻と愛人との密約を疑うかも知れない。まあ、実際にこうやってウラ取引交渉をしてる訳ですが」
武藤弁護士は、私を見てにやりと笑った。うーん。こりゃ、もう完全に共犯関係だわね。
「実は、元橋弁護士には既にクギを差してあるんです」
「と言いますと?」
「つまり、もし、名取側に矛先を向けてきたら、独身と偽って彼女の貞操権を侵害した不法行為に対する慰謝料請求も念頭に置いてますよ、って」
「なるほど、独身だと騙して肉体関係を持つのは、れっきとした不法行為になる」
「実を言いますと、私は大石側がそこまで強硬に出るとは思っていないんです。もし、貞操権侵害なんてみっともない理由で訴えられたら、アルバイトのおしゃべり娘のひと言で会社中に噂が広まって、上司や同僚が傍聴に詰めかけるかも知れないんですよ。赤っ恥はかくわ、会社での立場はなくなるわ。その辺り、因果を含めて、不毛な争いはもう打ち止めにしませんかと持ちかけようと思っています。だって……」
私は、込み上げてくる笑いを、やっとのことで押さえた。

つづく(^.^)/~~~