~その12~は、こちらから!

今から切り出そうとしている提案は、ある意味危うさをはらんでいる。弁護士によっては、問題視する人もいるかも知れない。
「ここからが、取引きのご相談になります。名取側としては、次回の調停の席で、大石氏との肉体関係を認める事も視野に入れています」
武藤弁護士の眉がピクリと動いた、ような気がした。
「代わりに、名取ちなみに対する慰謝料の請求を取り下げて頂けないでしょうか」
私の意図を読み取ったのだろうか、武藤弁護士がちょっと口元をゆるめた、ように見えた。
「名取ちなみは、バツイチで今は独身だと言う大石さんの言葉を信じ込んで付き合うようになりました。独身同士ならば、そもそも不貞なんて成立しようがありません。つまり、大石氏に騙されていた名取は、この関係が不貞行為になるなどとは思ってもみなかった訳です」
武藤弁護士は、軽く頷いて先を促した。
「慰謝料は故意か過失がなければ発生しません。大石氏が独身だと思い込んでいた名取は、自分が浮気の相手になっているなどとは夢にも思っていませんでした。従って、故意の不貞行為はあり得ません。では、過失はどうか? 名取さんが、女たらしの巧みな言葉で騙されてしまった事に、果たして過失があったのか? しかし、通常の詐欺事件でも、騙された被害者の方に過失があった事を立証するのは並大抵の事ではありません」
にこやかな表情を崩さない武藤弁護士。もう十分にこちらの考えを読み取っているに違いない。私は、慎重に言葉を選びながら続ける。
「武藤先生としても、名取さんは大石氏に妻がいる事を知っていた筈だと故意を主張するか、あるいは騙された事に過失ありと反論するか。どちらにしても、立証は一筋縄では行かないんじゃないでしょうか」
「故意の主張も過失の主張も、労多くして実り少なし、という訳ですね」
私は大きく頷く。武藤弁護士が、話を引き取るように言った。
「勝ちがなかなか見込めそうもない主張で苦労して愛人に慰謝料を分担してもらう必要はない。全額、自分を裏切った夫の方に支払わせればいいじゃないか。そう仰りたい訳ですな」
さすがベテラン、予想通り頭の回転が早い。話がちょっと込み入ってくると、噛んで含めるように説明しても、なかなか肝心かなめを理解してくれない同業者も山ほどいるんだよね。
「その通りです。いわば不貞行為の共犯者である愛人の方が肉体関係を認めてしまえば、夫がいくら否定しようが、もはや負け犬の遠吠えです」
「ならば、愛人の側の故意だの過失だのの立証につまらん労力を費やすよりは、愛人が肉体関係を認めれば故意が明々白々になる夫の方にターゲットを絞った方がよっぽど話が早い。その愛人側の条件が、自分に対する慰謝料請求取り下げだと」
私はもう一度大きく頷く。
「なるほど。確かに、民事的司法取引を絵に描いたようなお話だ」
いつの間にか、二人ともちなみちゃんの事を『愛人』と呼んでいた。もちろん、まだ交渉途中だから肉体関係を認める訳にはいかない。ちょっと引っかからないではなかったが、話が分かりやすいんなら、まっいいか。これも言葉のアヤってヤツだな、うん。

つづく(^.^)/~~~