~その11~は、こちらから!

「ほーお。司法取引……」
武藤弁護士は、ちょっと驚いた様子でこちらを見た。私のこと、値踏みでもするような目だ。
「正確に言えば、司法取引の準用ですが」
司法取引は、英米の刑事裁判ではごく一般的に行われている手続きだ。アメリカの法廷ドラマ見てたら、しょっちゅう登場するよね。被告人が犯罪の事実や共犯者を自白する代わりに、罪を免れたり軽くしてもらえるという交換条件がベースになっている。この制度のキモは、被告人側だけではなく検察側にも大きなメリットがある点なのね。捜査の時間や経費が大幅に節約できるし、たとえ十分な証拠が確保できてなくても有罪が勝ち取れるというわけ。さらに、その証言によって、より悪質な主犯や重要な関連犯罪の追及の可能性も生まれるしね。
日本でも、まだごく一部の事件だけど、限定的な司法取引制度がスタートしている。そう。大騒ぎになった例の日産のカルロス・ゴーン会長の逮捕劇ね。日本版の司法取引は、この事件で一躍有名になった。ごく簡単に言っちゃえば、検察と日産との間で、ゴーン会長の罪を洗いざらいぶちまけるから会社としての日産の罪は問わないでねっていう交換条件が成立したってこと。密約とか談合とか連想してちょっとズルい感じもしないではないけど、まあ悪質な犯罪者を懲らしめるためにはしょうがないところもあるかな。もちろん、今回の離婚問題は刑事事件ではないけれど、司法取引的な交換条件を応用できないか、というのが私なりに練りに練った提案だった。
「あの興信所の調査報告書を突きつけられても、大石さんの側は、今後も頑として不貞行為を認めるお積りはないようです。ただ、私ども名取側としては、最後までそれで押し通すのはなかなか厳しいんじゃないかと踏んでいます」
武藤弁護士はにこやかに頷いている。ずいぶん穏やかな物腰だけど、この弁護士の人柄なのか、それとも相手の油断を誘うための手管なのか。はてさて、どっちだろ。
「ただ、調停段階では、夫側が不貞の事実を認めない限り合意は困難ですから、膠着状態のまま不成立になる可能性が高まります。確認ですが、調停がもし不成立で終わった場合、武藤先生としては離婚訴訟を提起されるお積りでしょうか?」
「奥様は、その覚悟を決めていらっしゃいます」
「そうなると、夫側が訴訟を受けて立つのはご自由ですが、名取側としては、経済的・時間的コストと心身の負担を考え合せると、何とか裁判は避けたいというのが正直なところです。そこで……」
そこで、私はちょっと言葉を切った。

つづく(^.^)/~~~