file3,義を見てせざるは・・・・その5

~その1~は、こちらから!
~その2~は、こちらから!
~その3~は、こちらから!
~その4~は、こちらから!

「いい加減に目を覚ました方がいいわよ。大石さんは、口裏を合わせて知らぬ存ぜぬで通して、何とかして慰謝料の支払いを免れようとしてるとしか思えないよ」
「そんなあ。浮気なんて言われても、大石さん、俺はバツイチで今は独身なんだってずっと言ってたんだよ」
「だから、寝ちゃったの?」
子猫ちゃんは、ちょっと口をとんがらせたが、すぐに諦めたようにこくんと頷いた。
「でもね。私、大石さんに独身だって騙されてたんですよぉ。浮気なんて考えもしなかったのに、なんで浮気の慰謝料を払わなきゃいけないんですかぁ?」
確かに……。
ちなみちゃんが、性交渉の相手から独身なんだと思い込まされてたら、ちょっと話が違ってくるかも。
私は、立ち上がって、書棚から判例集を取り出した。
最高裁が不貞行為を認めた判断基準は、『故意または過失がある限り、妻としての権利を侵害し、被った精神上の苦痛を慰謝すべき義務がある』とされている。簡単に言っちゃえば、男が妻帯者だと分かっていながら寝ちゃったら、奥さんに慰謝料を支払わなきゃいけないってこと。逆に言えば、子猫ちゃんに『故意または過失』がなかったら、つまり大石さんが妻帯者だって知りようがなかったのなら、彼女には慰謝料を支払う義務がないことになるかも知れないじゃない。
法律には、「故意」と「過失」って用語がイヤってほど登場する。イッパン的な言葉に置き換えれば、故意は「わざと」、過失は「うっかり」って事ね。
不貞行為とは、夫婦の一方と肉体関係を結ぶこと。ちなみちゃんは果たして、わざと妻帯者とセックスしたのか、またはうっかり妻帯者とセックスしてしまったのか?
でも、ちなみちゃんは、大石に妻がいることを知らなかった。「わざと」も何も、ちなみちゃんには不貞行為をしているという認識そのものがなかったのだ。だとすれば、「故意」なんて成立しようがない。
では、「過失」ならあり得るか? ちなみちゃんは、「うっかり」して不貞行為の片棒を担いでしまったんだろうか? つまり、果たして、大石のヤロウに奥さんがいることに当然気が付いてしかるべきだったんだろうか?
大石は、言葉巧みに独身だとダマしてちなみちゃんと肉体関係を結んでいる。いわばダマされた被害者であるちなみちゃんが、大石に妻がいることを当然知っているべきだったと言うのはあまりにも酷ってもんだろう。とすれば、ちなみちゃんには、不貞行為に対する過失もなかったことになるんじゃないの?
故意も過失もなかったのなら、ちなみちゃんが慰謝料を支払う義務なんかないわよね。
私は、頭の中で、とりあえずそんなロジックを組み立てていた。
そうなると、もう一つ大事なことがある。「立証責任」ってヤツ。ちなみちゃんに、この不貞行為に対する「故意または過失」があったかどうか。それを証明する責任は、慰謝料を請求する側、つまり大石の奥さんの方にある。法的には、ちなみちゃんの方は、『過失がなかったこと』を証明する必要はさらっさらない。
もしも、私が奥さんの側の弁護士だったとしたら……。ちょっと想像してみた。
大石にすっかりダマされたせいで独身だと思い込んでいたちなみちゃんに、果たして過失があったのかどうか。彼女は、夫を寝取って妻を傷つけた加害者と言うよりも、むしろ男に言葉巧みにダマされて身体を奪われた被害者なんじゃないだろうか。はてさて、ダマされて男が独身だと思い込まされてしまったことが、果たして過失に当たるんだろうか?
そう考えてみると、妻の側が、ちなみちゃんの過失を立証するのはちょっとやそっとのことじゃないぞ。
そもそも、浮気の慰謝料というのは、1人で払おうが2人で分担しようが総額は変わらない。とすれば、慰謝料を請求する奥さん側としては、浮気相手の過失の立証に四苦八苦するよりは、あの調査報告書だけで妻を裏切ったことが十分に立証できる夫に全額を請求する方が断然楽ちんだ。もし私が奥さんの弁護士なら、当然その戦略を取る。離婚まっしぐらの奥さんだって、裏切られてすっかり愛想が尽き果てた夫の方に全力で鉄槌を加える方を選ぶだろう。
それにしても、この大石という男、一体どんな神経してんだろ。こんな何にも知らないアルバイト娘を誘惑して、おまけに自分の離婚のトラブルに巻き込んで、あわよくば慰謝料まで押し付けようってんだから。男の風上にも置けないゲス野郎たあ、まさにこいつのこった。
私は、子猫の目を正面から見詰めて語りかけた。
「あのね、ちなみさん。話聞いてたら、何だか私、この大石って男が許せなくなってきたんだけど……」

つづく(^.^)/~~~

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