~その⑥~は、こちらから!
~その⑦~は、こちらから!
~その⑧~は、こちらから!
~その⑨~は、こちらから!

 

「和樹の本籍が父親と同じだったのはよかったんですが、他の部分にちょっと妙なところがあるんです」
「私も、仕事柄、色んな戸籍謄本に目を通しますけど、変な決まり事がいっぱい残ってるんですよね。戸籍制度ができた明治の初め頃のルールを引き継いでるもんですから。でも、妙なところ、と仰るのは?」
「戸籍謄本には、出生だとか婚姻だとかが書かれてる欄があるんですが」
「身分事項欄ですね」
「そうそうそれです。で、その内容なんですが、和樹の身分事項が、私の謄本と和樹の謄本で違ってるんです」
「まさか。新しく戸籍を作る時は、以前の戸籍の内容を書き写すんだから、内容が食い違う筈ないですよ」
「いや、違ってたんです」
そんな事があるのだろうか? 何か勘違いしてるんじゃ? ただ、戸籍法の知識がある程度あるとはいえ、役所の戸籍係の事務手続きの詳細までは分からない。
「どの部分が違ってたんですか?」
「私の謄本の和樹の欄には『除籍』って判がついてあるんですけど、その欄に書かれてる両親の名前と、和樹の新戸籍の両親の名前が違ってるんです」
「そんな馬鹿な……」
「本当なんです。私の戸籍謄本では、当然和樹の父親はわたし木下幸次、母親は木下由紀となっていました。ところが……」
ここまで聞いて、はっとした。
「和樹の新しい戸籍では、父親の名前は同じですが、母親の方の、その苗字が変わってたんです」
やっぱり。
和樹さんが生まれた時には、届け出時点での両親の名前が記される。それと同じく、和樹さんが新しく戸籍を作った場合は、その時点での両親の名前が記されるのだ。由紀さんは、離婚して木下姓から旧姓に戻った筈だ。となれば、新戸籍では、和樹さんの母親欄の苗字も当然旧姓に戻る事になる。
「由紀さんの苗字が、旧姓になってたんですね」
「いや、そうじゃないんです」
え? 違う?
「旧姓の吉崎由紀になっていたのなら、私にも何となく理由に見当がつきます。でも、そうじゃないんです。母親の苗字は旧姓ではなく、ウラベとなっていました」
「浦部?」
「いや、あんまり見ない字なんですが、カタカナのトと同んなじ形をした漢字でウラと読むらしいんです。ベは部分の『部』。北関東には時たまある苗字みたいですね」
幸次さんは、机の上に指で『卜部』の形をなぞった。
「へーえ。随分変わった苗字ですね」
そう言えば、『徒然草』を書いた吉田兼好の本名がそんな苗字だったような……。
「その苗字に、心当たりはおありだったんですか」
「和樹が中学校2年の時でしたか、担任の名前が卜部先生でした。その卜部という苗字を見て、へーえ『トベ先生』か、カタカナ交じりの名前って珍しいな、なんてとんちんかんな事言って、和樹に大笑いされた事があったからよく覚えてます。何せ、滅多にお目にかからない苗字ですからね。だから、母親欄の由紀の苗字を見てぴーんと来ました」
先生? 中学校の頃の担任?
頭の中で、やっと話の流れがつながった。以前和樹さんは、母親の由紀さんが、中学時代の担任の先生と付き合ってたって言っていた。そして、和樹さんが結婚して新しく戸籍を作った時点で、既に由紀さんの苗字は「卜部」に変わっていた。
ということは……。
いくら私が鈍感でも、この二つの事実から導き出される結論ぐらい見当がつく。
「由紀は、息子の中学時代の担任教師と再婚してたんです」
そういうことだ。由紀さんからすれば、思いもしないところから、あまり知られたくない事実がばれてしまったってこと。
「確かに、離婚した元妻が再婚するのは自由でしょう。でも、その再婚相手がかつての息子の担任となると、さすがにちょっと引っ掛かるものがありました」
そりゃそうだろう。しかも、幸次さんに対して、再婚したことを敢えて隠していたとなると……。そこには、何かしら後ろめたいものがあったんじゃないか、そんな疑いが頭をもたげたのも無理はない。
「次に和樹に会った時、その辺りの事を、和樹に問いただしました」
和樹さんは、さすがに観念したようだった。

「父さん、ごめん。何も隠す積りじゃなかったんだけど、何となく言いづらくて」
一昨年、由紀さんが再婚した事、その再婚相手が中学時代の担任の卜部先生だったことも認めた。
「由紀と先生は、どういうきっかけで付き合うようになったんだ?」
「え? ……いや、よく知らない」
和樹さんが言い淀むのを見て、幸次さんはすべてを悟ったという。
「まさか……。お前が中学の頃から、もう付き合ってたのか?」
和樹さんは答えなかった。しかし、答えないのが答えだった。
「和樹の中学時代と言えば、コンビニ経営がだんだん下り坂になってきた頃でしたが、まだ家庭崩壊とまでは行ってなかった。私が、経営を立て直すために寝る間も惜しんで走り回ってた頃、由紀は息子の担任教師と……」
自分が、寝取られ夫だった事、その事実を10年以上も経った今日の今日まで知らなかった事。知らぬは亭主ばかりなり、とはよく言ったものだ。
幸次さんは、渦巻く怒りをかろうじて抑えていた。
「何てこった。……でも、俺たちが離婚したのはもう7年も前じゃないか。ずっと付き合ってたのなら、何ですぐに再婚しなかったんだ?」
「……聞いたところでは、卜部先生の方の離婚の協議が長引いてたらしい」
「なるほど、先生の方にも家庭があったんだな。はやりのダブル不倫ってヤツか。まったく大した先生だな」
そこまで聞いて、幸次さんにもう一つの疑いが生まれた。
「ひょっとして、お前の結婚式に、こいつも出たのか?」
この質問にも、和樹さんは返事が出来なかった。
「そうか。なるほどな、俺の出席を頑なに拒否した訳だ」
「父さん、ごめん。黙ってたのは悪かったけど、こんなこと、ぼくの口からは到底言えなくて」
「ああ。……まあ、お前が悪い訳じゃない。悪いのは、お前の母親だ」
2人は、しばらく黙りこくるしかなかった。その沈黙に耐えかねたように、和樹さんが顔を上げた。
「父さん」
何事か決意したような表情だった。
「もう、父さんに隠し事はできない。あらいざらい全部、正直に話すよ」
これ以上、まだ何かあるのか……?
幸次さんは、息子の顔を正面から見据えた。

つづく (^.^)/~~~