~その1~は、こちらから!

~調停申立書~
夫婦関係調整(離婚)
申立人    妻 大石由美子
相手方①  夫 大石憲三
同 ②  名取ちなみ
※申立の趣旨
申立人は相手方①と離婚する
相手方①および②は、不貞により婚姻生活を破綻させた不法行為に対する慰謝料として、連帯して金500万円を支払う

ふーん、名取ちなみ、か。その字面を見て、やっと思い出した。私が花の女子大生だった頃に大ヒットしたトレンディドラマのヒロインの名前じゃん。ちなみちゃんのご両親、きっと私と同年代なのかも。
まっ、それはさておき。どうしてこの娘に裁判所からの呼び出しが来たのか、やっとこさ理解できた。申し立てのメインは離婚なんだけれども、その原因となった不倫の慰謝料を、夫と夫の浮気相手であるちなみちゃんと2人で支払うようにと請求してるってわけね。まあ、落ち着いて考えれば、そんなに込み入った話じゃないんだけど。
とはいうものの。
こう見えても離婚が専門だから、これまで裁判所の離婚調停には何度となく参加している。申立人と相手方、どちらの代理人も山ほど経験してきた。でも、その私にしても、裁判ならばいざ知らず、調停の段階で、配偶者の浮気相手まで相手方当事者として申し立てて来るっていうのは、ちょっと記憶がない。そんな場合の慰謝料は、普通、調停じゃなくて民事の損害賠償請求訴訟で争うもんなんだよね。でもまあ、裁判と違って、調停って良く言えば柔軟、悪く言えば大雑把なとこがあるからなあ。書類に不備さえなきゃ何だって受け付けちゃうんだよね。
「で? 心当たりはあるのね」
「心当たりって?」
子猫が首をかしげた。
こやつ。とぼけてるのやら、それともホントに思い当たるフシがないのやら。
「だから、この大石憲三さんとの関係」
「大石チーフは、バイト先の部門責任者だから、色々御世話にはなってますけど」
「公私ともに?」
ちなみちゃんは、ちょっと考えてから答えた。
「ええ、まあ。食事とかカラオケに連れて行って貰ったりすることもあります」
「2人っきりで?」
「ええ、まあ」
「カラオケの後、ラブホに行ったりも?」
ちなみちゃん、さすがに今度は「ええ、まあ」とは言わなかった。
「黙秘します」
思わず吹き出してしまった。
「あなたねえ、刑事ドラマじゃあるまいし。法律相談に来て黙秘はないんじゃない。でもさ。もし事実無根だったら、断固否定するわよね。ってことはつまり、黙秘イコール、イエスだってことになっちゃうんだけど」
「いや、絶対に認めるなって言われてます」
「大石さんから?」
「いえ、大石さんの弁護士さんから」
あらら。ちょっと意外な展開。
「大石さんには、弁護士が就いてるんだ?」
ちなみちゃんは、こくんと頷いた。調停は当事者の話し合いが基本だから弁護士を就ける必要はないんだけど、近頃は、その先の裁判を見越してか、代理人を依頼する例が増えている。
「その弁護士さん、あなたには就いてくれないの?」
ちなみちゃんは、もう一度こくんと頷いた。
「正式に依頼すると、30万円かかるって言われました」
同じ事件の相手方同士なのに、別途着手金30万円かあ。なかなかこすっからい、あ、いやいや、経営センスの優れた弁護士さんなのかも。
どっちにしろ、当事者同士で責任のなすり合いが起きそうな場合、基本的には同じ弁護士が複数の当事者の代理人を兼ねるのはちとまずい。専門用語で言えば、「利益相反」ってヤツ。簡単に言えば、一人の弁護士の依頼人同士なのに、一方が利益を得ると、それによってもう一方が不利益をこうむる危険があるってことね。
「大石さんは、会社でそれなりの立場にあるんでしょ。おまけにどう考えたって主犯は彼なんじゃないの?」
まあ「主犯」ってのは言葉のアヤだけど、ちなみちゃん、特に気にする様子はない。
「だったら、着手金ぐらい出してくれないの?」
「彼、自分の弁護士に相談して、私の事もうまく対応してもらうから大丈夫だって」
もおっ、この娘ったら。
私は深く息をついた。

つづく(^.^)/~~~