~その15~は、こちらから!

後で聞いた話だけど、私たちと入れ替わりに調停室に入った大石憲三氏と元橋弁護士は、名取ちなみが浮気を認めた書面を見てかなり衝撃を受けていた様子だったとか。しかし、それでもやっぱり、断固として不貞の事実を認める事はなかった。あれだけ大口叩いてきた手前、今さら「ウソついてました!」なんてカッコ悪い事、さすがに言えやしないわよね。あの性格だから、まあ予想通りの反応だけど。ホント、分かりやすいコンビだこと。
憲三氏側のそんな頑なな姿勢を受けて、裁判官も加わって調停委員会の評議が始まった。私たちと憲三氏たちは相手方同士なので、同じ控室で結果を待つことになる。今日 初めて顔を合わした憲三氏は、調査報告書の写真で見ていた通りのイケメンだった。でも、先入観のせいかな、その表情からも挙動からも軽薄さが滲み出ているような気がしてならない。あーあ、女って、どうしてみんなこんな男に惚れちゃうんだろうな。
えっ、私? 私なら大丈夫。見てくれのいい男にだけは気を付けなさい、っておばあちゃんの言いつけを、この歳までシッカリ守り通してきてるから。
お二人さん、控室の一番奥の席に陣取って、私たちとは目も合わせようとしない。一度は道ならぬ恋にアツうく燃え上がった間柄なのに、ね。でもまあ、その気持ち、とってもよく分かるわよ。

呼び出しの声がかかるまで、さほどの時間はかからなかった。申立人である奥様、相手方である大石憲三氏と名取ちなみ、そしてそれぞれの代理人弁護士が全員調停室に入る。
「当事者の皆さんからお話を伺って合意を探りましたが、どうしても歩み寄りの余地が見出せず、委員会として調停の続行は困難という結論に達しました。従って、残念ながら調停不成立とします」
裁判官の宣言の後、同席していた藤井書記官が全員に声をかける。
「不成立の証明書の交付を希望されますか?」
「もちろんお願いします」
すかさず、申立人代理人の武藤弁護士が言った。不成立証明書は、この後、離婚訴訟を提起するために必要な書類だ。その口調は、裁判に向けてやる気まんまんという意志を暗に含んでいる。憲三氏と元橋弁護士は、ともに憮然とした表情だった。
勝負は、もう決まったも同然ね。例の浮気調査報告書に加えて、肉体関係を認めるちなみちゃんの証言を前にしたら、いくらあがいたって、間違いなく裁判の途中でギブアップするしかないだろうなあ。きっと、裁判官にこんこんと説諭された上で、妻の要求通りの条件で途中和解になるだろう。いずれにしても、子猫ちゃんは、今日でめでたく大石夫妻の争いからはバイバイだ。

先生、ホントお世話になりました。
霞が関の地下鉄入口で、ちなみちゃんがぴょこんと頭を下げた。
そうそう、私、次のアルバイト決まったんだよ。へーえ、ホント。よかったじゃない。
私は、能天気で可愛らしい子猫を心から祝福した。
でも、もう二度とあんなチャラい男に引っ掛かるんじゃないよ。
よけいな言葉が喉まで出かかった時……。
ああっと!
歩行者用信号が点滅し始めたのを見て、飛び跳ねるように子猫が走り出した。赤信号に変わった交差点のど真ん中で、もう一度こっちを振り向いて手を振る。一斉に、車のクラクションが鳴った。
先生、ホンットありがとねー。
あああああぶな……、思わず叫びかけた声が、そのままあきれ笑いに変わった。私は、ぴょんぴょんと走り去る子猫の後ろ姿に大きく手を振り返した。

おわり(-_-)zzz