「じゃあ、最後に一つだけ確認させて頂きます。名取ちなみさんは、大石さんが独身だと言う言葉に騙されて肉体関係を結びました。騙された彼女には、彼が妻帯者である事を知る事は不可能でしたから、不貞に対する『故意』はもちろん、『過失』もありません。お分かりですね」
「ちょ、ちょっと……」
電話の向こうの慌てた声を無視して、私は続けた。
「『故意または過失』という不法行為の要件を欠くという事は、彼女に不貞の慰謝料の支払い義務は発生しないという事です。今後、こちらはこの方針で行きますので、悪しからず」
ホントのところ、私たちが闘う相手は奥さんじゃなくてあなた方ですよ、と正面切って宣言したいぐらいだった。
「ちょっと待ってよぉ、オバさん……」
オ、オ、オバさん!?
「それじゃ失礼します」
私は、極力平静を装って、静かに受話器を置いた。
品性のカケラもなさそうな卑劣漢と、経験知もスキルも決定的に欠く困ったちゃん弁護士。同じ事件の相手方同士とはいえ、とてもあんな連中と共同戦線を張る訳にはいかない。
さっ、気を取り直して、改めて戦略を練り直さなきゃ。

あーでもないこーでもないと色々考えながら事務所に戻って、今度は申立人である奥さんの代理人に連絡を取る事にした。もちろん、事前にネットでプロフィールを検索しておく。
武藤経夫弁護士、弁護士歴32年の58歳。所属が、かの有名な四谷門法律事務所だってことは先刻承知。専門は、離婚・親権・養育費・遺産分割となっている。
家事事件が専門か。よかった、これなら話が早いかも……。
どんな業界でも同じだろうが、法律の世界にも専門分野ごとに不文律とでもいうべき決まり事やあうんの呼吸ってもんがある。いくら知識や経験が豊富で能力が高くても、家事の実務を知らない弁護士と空疎な議論を戦わせるのは気が重い。
電話に出た武藤弁護士に名前を名乗って、大石由美子さんが申し立てた離婚調停の慰謝料部分の相手方・名取ちなみの代理人に就いた旨を伝えた。
「ああ、大石さんの事件。ご主人の方は、かなり強気でいらっしゃいますねえ」

つづく(^.^)/~~~