今回は、「緋牡丹博徒お竜参上」(1970年公開)をお届けします。緋牡丹博徒シリーズ全8作のうち6作目で、監督は加藤泰。シリーズ最高傑作として名高い作品です。

では、例によってあらすじから。
緋牡丹のお竜さんこと矢野竜子(藤純子)は、故あって知り合った盲目の少女おきみの目の治療費を用立てる。治療後、おきみとの再会を約するが、渡世上のやむを得ない業務により、再会できないまま離れ離れになる。
その数年後、お竜さんは、浅草の鉄砲久親分(嵐寛十郎)一家の客人として世話になっている。鉄砲久は東京座と言う演芸場の運営に携わっている。東京座の来客がスリの被害を受け、鉄砲久一家が捕らえた犯人は、おきみであった。おきみとの再会を喜ぶお竜さん。そこに、おきみを慕って後をつけてきた銀次(長谷川明男)も同席した。銀次は、鉄砲久のライバルである鮫洲政五郎(安部徹)一家のやくざ者であった。銀次は、鉄砲久におきみと結婚したい旨を伝え、鮫洲との間で友好関係を望む鉄砲久は、おきみを養女とし両家を親戚関係にしようとした。


鉄砲久の養女となり住み込んだおきみは、鮫洲政五郎の命を受けた銀次の指示に従い、東京座の実印と権利書を持ち出した。これを取り戻すために鮫洲一家に乗り込んだお竜さんは、サイコロ勝負を挑み、相手のいかさまを見破って、実印と権利証を取り戻す。
流れ者の青山常次郎(菅原文太)は、お竜さんと賭場での知り合いであった。青山は女郎屋に売られた妹を取り戻そうとするが、妹は既に死んでいた。その過程で西尾と言う男を斬ってしまうが、西尾が鮫洲の兄弟分であったことより、鮫洲に命を狙われる。青山は、東京座の芝居監督である佐藤と親しいことより、一時的に鉄砲久に身を寄せるが、妹の納骨のために故郷の岩手県に帰省する。
帰省の前に、雪の降る中で、青山とお竜さんは互いの別れを惜しみ、お竜さんが青山に汽車の中で食べる様にと弁当を渡す際に落とした蜜柑をお竜さんが雪で拭って青山に渡す場面は緋牡丹博徒シリーズきっての名場面と言われている。
芝居監督である佐藤は女優のお留の才能を見限り、おきみを主演女優に抜擢する。面白くないお留は、屋台で酔ったところを鮫洲一家の鯖江(名和宏)にそそのかされ、佐藤との打合せと偽って鉄砲久を一人で連れ出す。そこを鮫洲一家が襲って鉄砲久を殺害する。喜三郎ほか残った鉄砲久の一党は報復を主張するが、鉄砲久親分の遺言に従って思いとどまる。
その後、両家の手打ちの場所が設けられるが、立会人の金井(天津敏)が手打ちの条件として、東京座の運営権を鮫洲一家に移管することを提案する。これに怒った鉄砲久一家との間で揉み合いになるが、突如出現したお竜さんを慕う熊坂寅吉(若山富三郎)の手助けにより、運営権は鉄砲久の元に留まり、鮫洲は指を詰める。
次に、鮫洲はおきみと佐藤を攫って拷問にかける。おきみを慕う銀次はこれに耐えかねて親分の鮫洲に襲い掛かるが、逆に殺されてしまう。おきみを人質にして、東京座の実印と権利証を差し出す様に要求する。主のいない鉄砲久一家は、已む無しとしてこれに応じようとするが、そこにお竜さんが乗り込み実印と権利証を奪い返す。
そこで、鮫洲はお竜さんに一対一の果し合いを申込み、お竜さんはこれを承諾する。
決闘の直前になぜか岩手県から戻ってきた青山が現れ、立会人として同行する。
果し合いに向かう二人をバックにおなじみの緋牡丹博徒の唄(娘盛りを渡世にかけて~♬)が流れる。
一対一の果し合いのはずが、鮫洲には鯖江他多数の子分を同行させてこれを一人一人となぎ倒していくお竜さんと青山。お竜さんは脇差とピストルさらには髪にかざした簪を投げて戦う。そこで、ひらりとほどけるお竜さんの長い髪がとても美しい。
最後に予定通り、お竜さんが鮫洲を仕留めて戦いは終わる。青山は、お竜さんにおきみの傍についてやる様に伝えて警察に自首する。

本作品の見どころは、憎々しい鮫洲をお竜さんがやっつける痛快さは勿論ですが、随所に見られる名セリフも印象深いものがあります。
例えば、
1)お竜さんと鮫洲政五郎が花札勝負をする場面でのやり取り:
  「ところで、お竜さん。お前さんは何を賭けるんだい」
  「命ばい」
2)お竜さんが銀次に堅気になるよう勧める場面でのお竜さん:
  「やくざ者は女をしあわせにできんとよ」
3)おきみとの結婚を迷う銀次に対してのお竜さん:
  「女の幸せは好きな人と沿い遂ぐこつ、それしかなかよ。きみちゃんはあんたとの幸せに命ば賭けとる」
4)お竜さんが鮫洲からの果し合いの申し出に応える場面;
  「そんでよう侠客の看板がかけてられますねぇ。どぎゃんしてもやると言うなら一対一できんさい。」

とまぁ、書き出せばきりがありませんが、そろそろ本題に。
ジェンダーレスについては、1986年男女雇用機会均等法成立を機に謳われてきましたが、特にここ数年非常に注目を浴びる様になりました。単なる人権の観点だけでなく、少子高齢化・人口減少の中、男性中心社会の行き詰り、女性中心の消費動向への変化、出産・育児などによって埋もれてしまっている女性の能力の活用など経済活性化の観点からも、当然の動きと言えましょう。
その様な動きの中、嘗ての男性中心の会社から実際に消費の主導を握っている女性の登用は必然的な流れであり、新卒や管理職における女性比率の向上を進める大手企業が増加しています。
その一方で、大手企業においては女性役員の数はまだ少ないのが現状であり、社内で自身のキャリア形成を如何に行うか、戸惑っている若手女性社員も少なくないと思われます。
そこで、各企業はロールモデルの活用により女性社員のキャリア形成の支援を図っています。
ロールモデルとは、社会学者のR.K.マートンが提唱したもので、その行動、模範、または成功が他の人、特に若い人たちによって模倣されている、または模倣される可能性がある人のことです。若手女子社員は、対象となるロールモデルの人物を参考に自身のキャリア形成を描くこととなります。
お竜さんは、典型的な男性中心のやくざ社会において、男性の親分衆に対して一歩も引けを取らず渡り合う稀有な存在です。大手企業に置き換えると、男勝りの活躍と功績によって役員にまで上り詰めた存在と言えましょう。では、お竜さんはロールモデルになり得るのでしょうか?
企業が女性の登用を意識した初期段階においては、この様な女性を意図的に登用して、ロールモデルとして登用しようとしていましたが、多数の若手女子社員にとって模倣の対象にならなかった様です。
この理由は、企業側としては男性中心の仕組みを変えるのではなく、特定の女性を男性社会に組み込もうとしたこと、当の女性にとっては業務と個人生活の両立を推進するものではなかったからだと思われます。
これに対して、現在求められているのは、男性中心の仕組みを改め、両立を可能にする体制の構築です。即ち、ジェンダーに関係なく業務と個人生活を両立しながら活躍している人間こそがロールモデルになり得る訳で、その意味では残念ながらお竜さんをロールモデルと考える女性社員は少ないと思われます。
一方で、両立を見事に果たしている事例は、子連れ狼の拝一刀(映画では、若山富三郎、萬屋錦之介などが主演)でしょう。拝は柳生一族に妻を殺害されたため、当時三歳の大五郎の育児をしながら殺人請負い業務を遂行しており、正に両立を果たしています。
今の時代でもさすがに男やもめになりたいと希望する者はいないにしても、奥さんが単身で海外駐在すると言ったケースが出てくることはあり得るので、今後、拝をロールモデルとしたい若手社員出てくる可能性は十分にあるかと思います。
この様に50年も前の1970年代初頭に、女性・男性それぞれに新しい生き方の原型が現れたことは単なる偶然とは思えず興味深いものがあります。異国フランスにおいても「ベルサイユのばら」のオスカル(Oscar François de Jarjayes)のジェンダーレスの生き方が話題になりました。
いずれにしても多様化の時代、色んな生き方を尊重する社会になりつつあることは喜ばしいと思います。

さて、藤純子の楽曲についてですが、私の知る限り全て映画のテーマ曲で、緋牡丹博徒をはじめとして「女渡世人(同名映画)」「おんなの命(映画は、日本女侠伝)」の3作となります。勿論、GS色はありません。
「子連れ狼」については橋幸夫で大ヒットしたのは記憶に新しいところです。橋はデビュー以来初期の楽曲の殆どは吉田正の作品ですが、1966年の「雨の中の二人」「霧氷」(作曲はいずれも利根一郎)を皮切りに吉田正以外の作品を積極的に手掛ける様になりました。1967年にはGSブームに乗って鈴木邦彦の「そばにいておくれ」「若者の子守歌」、1968年にはすぎやまこういちの「思い出のカテリーナ」「雨のロマン」、1969年には歌謡ポップス時代となり筒美京平の「京都神戸銀座」、「東京-パリ」等のヒットを飛ばしています。その後、数年の鳴かず飛ばず時代を経て、1972年の「子連れ狼は」吉田正作品の久しぶりの大ヒットとなりました。
その後の橋は、「帰ってきた潮来笠」、「股旅グラフィティさらば渡り鳥」、「股旅78」と、どこまで真面目なのか判らない曲を連発していますが、勿論、ヒットはしていません。尚、「股旅78」は作曲がブルーコメッツの井上忠夫と言うこともあり、軽快なポップ調の楽曲ですが、歌詞とのミスマッチに結構笑えます。